近年の中国語研究において、文法体系に大きな影響を及ぼす要素として1.量詞の個体化機能、2.名詞や動詞の有界・無界の区別、3.動詞のアスペクト、4.文の特徴(中国語の文の大多数は複数の述語を有する)、5.情報構造(新情報・旧情報の区別)などが取り上げられている。これらに関する研究成果はそれぞれ個別的に提出されていて、相互の関係や影響を考慮した文法記述は十分に行われていない。 本研究課題の目標は、現代中国語(普通話)の成立過程を詳細に分析することにより、中国語の根底に流れる、中国語の文法規則を支配する原則(特に分析性の獲得)を探索することである。最終年度の研究においては、近現代電子資料の内容を充実させるとともに、前年度からの課題の量詞「個」については、一部の用法の縮小の事実を確認し、その上で、特に中国語のアスペクト成分とされる「過」に着目した。「過」は先の「有界、無界」の区別に従えば「有界」とされなければならない。しかし、近代白話小説の言語から現代中国語(普通話)が成立する過程で、「過」の文法的性格に注目すべき変化が発生した。近代白話小説の言語では、「過」の方向義・完結義・経験義の三者に関して、明確な形式的区別が存在せず、「過」の後ろに数量成分が出現することに大きな制約は存在しなかった。しかし、清末民初の言語を境に「過」の用法に形式的制約が加わり、完結義の「過」の後ろには数量成分が出現しにくくなり、完結義・経験義の「過」の「把」字句への使用も大きな制限を受けるようになった。この事実は、「有界・無界」に根差した文法記述の限界を示す有力な根拠となり、また、文法記述において考慮すべき情報構造も新情報・旧情報の区別だけでは不十分だという知見につながっていく。こうした知見に基づいた文法記述の可能性は、2013年度に発表した研究論文において論じることができた。
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