研究課題/領域番号 |
23520516
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研究機関 | 名古屋市立大学 |
研究代表者 |
佐野 直子 名古屋市立大学, 人文社会系研究科, 准教授 (30326160)
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研究分担者 |
石部 尚登 東京外国語大学, その他部局等, 研究員 (70579127)
木村 護郎クリストフ 上智大学, 外国語学部, 准教授 (90348839)
塚原 信行 京都大学, 学内共同利用施設等, 准教授 (20405153)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | ヨーロッパ / 言語の脱領域化 / 社会構成原理としての言語 / 教育現場 |
研究概要 |
今年度は、それぞれの調査地において現地調査を行い、年度末の3月23日に会合をもうけて、現在の研究の進捗状況を確認し、議論した。 研究代表者の佐野は、2012年2月にニースとイタリアにおいて、特に「フェスティバル」の実施現場における多言語使用にみられる言語の「脱領域化」について、カーニバルの実施団体や参加者などにインタビュー調査を行った。地元の「地域言語」が象徴的な場面で使用される一方で、移民住民や観光客の流入による参加者の変化に伴う「フェスティバル」のあり方の変容がみられた。 分担者の石部は2012年2月に、ベルギー唯一の「二言語地域」であるブリュッセルにおいて、「領域的」ではない教育言語の選択についての現状を調査した。フランス語系の子どもが、「教育レベル・教師レベル」の高いオランダ語系学校に殺到するといった「想定外」の現象が起きている一方で、想定されているオランダ語系、フランス語系教師の交流などはあまり行われていないことが確認された。 木村は2011年9月に、ドイツ・ポーランド国境地域における多言語教育のあり方を調査した。EU統合のなかでポーランド側のドイツ語教育のみならずドイツ側でもポーランド語教育が進展している様子が確認された。一方、2011年5月以降の就労の自由化に伴う人の移動に関しては、ドイツの西部国境でみられるような活発な移動や、それにともなう言語境界の相対化につながっているところにまで至っていないこともわかった。 塚原は、9月19日から23日までバリャドリードで開催されたASELE(Asociacion para la Ensenanza del Espanol como Lengua Extranjera 異言語としてのスペイン語教育学会)大会のラウンドテーブルパネリストとして参加すると同時に、移民対象のスペイン語教育に関する実情調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
理由としては、以下の3点が挙げられる。 第一に、2011年現在、ヨーロッパの人の移動のさらなる自由化の一方で、ヨーロッパが深刻な経済危機に直面していることで、「脱領域的」な言語状況がさらに流動的になっており(スペインにおける「移民の逆流」など)、現状と今後の展望が困難になっていること。特に、人の移動の流動性が高まる一方での「人口減」の問題が、言語状況にどのような影響を与えるかが今後大きな問題になると思われる。 第二に、ヨーロッパにおける言語の「領域性」は、一つの政治理念として制度化され、それぞれの社会の構成原理になっているが故に、それぞれの行政体のあり方、構成原理ごとの比較もしやすかったが、脱領域的で「贅沢品ではない」多言語状況は、ヨーロッパの「多言語主義政策」とはかみあっておらず、多くの場合は「社会の構成原理」にまで影響を及ぼさない「現場レベル」での対応にとどまっている。あくまで「領域性原理の変容」としてとらえるべきか、「人の移動」そのものに焦点をあてるべきか(人の流動性が高まるが故に、行政的な「言語の領域化・均質化」が求められる場合も多い)なども、地域の状況によって焦点がことなり、比較が難しい。 第三に、現実に「脱領域的」化された多言語状況においては、もはや、「言語」そのものが問題化されるのではなく、別の要素が問題化されること。たとえば、ブリュッセルにおいては、フランス語/オランダ語の学校の選択が完全に自由であるがゆえに、学校や教員のレベルが「言語選択」の理由となっている。脱領域的な多言語状況においては、住民にとっても「いつ、どこで言語が問題化されるのか(されないのか)」ということについての確認が重要になる。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に明らかになった問題点をもとに、「脱領域化した多言語状況」が、「社会の構成原理」とどのようにむすびついていくのかを意識しつつ調査を行う。そのため、特にフィールドとしては、教育や医療、司法、移民局といった、「現実の多言語状況」への対応を迫られている現場に注目したい。現在、これらのフィールドでは、現実の多言語状況にいかに対応するかは現場にまかされており、「場当たり的」ともいえる対応を行っていることも多く、これらの状況に対してどのように対応するかという「手法」の問題が中心的に議論されている傾向がある。一方でカタルーニャ自治州などでは、現場で必要な対応と「住民全員のカタルーニャ語習得」という社会の構成原理をいかにすりあわせていくか、といった議論がおきており、これらの「言説」の違いによって、「脱領域性」の問題がより明確になるのではないかと考えられる。 年度末の会合において、特に各地域で、教育現場においてさまざまな問題が先鋭化していることが確認された。脱領域的な多言語状況に対して急速な対応が望まれる現場であるのみならず、未来の社会構成員として習得すべきこととは何か、という問題意識によって、より「社会の構成原理」が明確に現れやすいためである。 分担者の木村がドイツ・ポーランド国境地域へ1年間のサバティカルで赴任する時期を利用して、当地の研究者も交えた研究発表会を開催することが構想されている。ドイツ・ポーランド国境地域は、その歴史の中で、急激な人の(強制的)移動と断絶的な国境の生成、そしてその後、その国境の急速な開放という「突然の流動化」「突然の多言語化」が起きている興味深い地域であり、そこで本研究の成果を交えてさまざまな状況について議論することを計画中である。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は、今年度の調査と反省をふまえつつ、それぞれの現地調査をさらに進める。そのため、研究費の多くが旅費に使用されることになる。 佐野は、南フランスのベジエにおいて20年前から実施されている少数言語バイリンガル教育現場において、「多言語教育」を導入している学校を主に調査を行う。ベジエ市は移民も多く、ヨーロッパの現在の「多言語主義政策」において重視されている「ヨーロッパの諸言語の習得」ではなく、より身近な移民の言語の積極的習得を目指している点に特徴がある。 石部は、ブリュッセルの初等教育における多言語状況への対応について調査を継続する。くわえて、あらたにオランダ語を学習する旧植民地のフランス語圏からの移民や、領域による単一言語圏を享受しながらも二言語話者となることが余儀なくされている東部ドイツ語圏の住民の言語意識を調査し、ベルギーで生じている多層的レベルでの「多言語化」に伴う領域による制約を受けない言語選択を包括的に考察する。 木村は今年度から1年間のサバティカルを利用し、川を隔ててポーランドの町と向き合うドイツ・ゲルリッツおよびフランクフルト(オーデル)における移民、難民を含めた多言語状況の調査、特に (2)言語景観/多言語サービス、(3)話者(国語/地域言語/その他の言語)の言語意識と行動についての長期的フィールドワーク調査を行う。 塚原は、カタルーニャ自治州において、移民の激減が過去15年ほどの間に構築されてきた言語教育体制に与えた影響について、自治政府移民担当局・学校教育現場・成人向け言語教育機関での調査を行う。
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