本研究の目的は、日本語方言における言語運用面の発想法の地域差と、それに影響を及ぼす社会的・歴史的背景との関連を検討し、その全体像について確実性の高い一定の見通しを得ることにある。この言語運用面の発想法(「言語的発想法」)とは、狭い意味での言葉の形や意味、あるいは文法と呼ばれるものを超えて、ものごとをどのように表現するかという規範や志向などのことを指す。このような言語的発想法をテーマに理論的な検討を行うとともに、調査等による資料の収集とその分析から、地域差の実態と社会的・歴史的背景との関連について、確実な見通しを得るための研究を行った。 その際、ひとつの仮説として「社会と言語運用の関係モデル」を構築し、それを実証するかたちで研究を展開した。すなわち、言語の運用面の背景には、ものごとをどのように表現するかという、言葉に対する人々の考え方、すなわち言語的発想が潜み、さらにその言語的発想法は、社会構造のあり方に伴う言語環境や言語態度に影響されるのではないかと考えた。 そして、このようなモデルに基づいて検討した結果、次のような結論を得ることができた。(a)日本語方言には、発言性・定型性・分析性・客観性・加工性・配慮性・演出性という7つの発想法について地域差が認められる。(b)すなわち、これらの発想法が顕在化する近畿を中心とした西日本+関東と、顕在化しにくい東西の周辺部(特に東北)の差である。(c)この地域差は、コミュニケーションの活性度(言語環境)や、言葉への依存度(言語態度)によって左右される。(d)かつ、そのような言語環境・言語態度は、人的接触の種類・頻度や物事の決定システム、階層の流動性など社会構造の違いによってもたらされる。(e)こうした地域差は、日本語の歴史的変遷とも一定の対応関係を見せる。
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