中世末期書写・刊行の『聚分韻略』諸本に記された和訓に存する地域性の確認(於:天理図書館・竜門文庫・東洋文庫)、及び、長崎県諫早文庫収蔵典籍の記述中に存する九州方言反映例の存否を確認した。前者によって、加筆付訓を有する薩摩版・日向版『聚分韻略』伝本のほぼ全てに九州方言の反映が見られることが、また後者によって、これまで日本語史研究では言及のなかった近世中期写の兵法書に九州方言の反映が存することが、それぞれ明らかとなった。 上記、及び過年度までの調査を踏まえて、日本語学会2013年秋季大会にて「シモの古辞書に見える方言の反映をめぐって」と題する研究発表を行った。中世末から近世初期に九州で書写刊行されたと見られる前掲『聚分韻略』諸本、刈谷市中央図書館村上文庫蔵元和3年以前写『継忘集』、慶応義塾図書館蔵元和6年写『色葉集(仮題)』の三種の辞書の掲出語例中に、オ段長音のウ段長音化例や、『日葡辞書』が「Ximo」(シモ=西国九州)の語と注記して掲出する語が存することを述べた上で、畿内の語を規範としつつ若干の方言を掲出するのは、当該期の九州の辞書によく見られた姿であって、『日葡辞書』等のキリシタンの辞書もその例外ではなかったこと等を主張した。この成果は、2014年度中に論文を完成させ、公開を目指す。 さらに、近世中後期に東北地方で刊行されたと見られる『小野篁歌字尽』『農家手習状』に東北方言の訛形表記例が存することを見出した。三都や名古屋以外の近世版本における当該地の訛形反映例は珍しい。成果の一端は『往来物に見る方言反映事例について』と題する論文にて公開した。 通常の文献に対して辞書は、また、写本に対して版本は、より高い言語的な規範性のもとに作成されるものであろうから、本研究は、地域に於いて方言で(乃至は、方言を)書くということの社会的な意義についての新たな問題提起をなしたものといえる。
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