研究課題/領域番号 |
23520563
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研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
大橋 純一 秋田大学, 教育文化学部, 教授 (20337273)
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キーワード | 東北方言 / ハ行唇音 / 口形分析 / 口唇形状 / 唇音の衰退過程 |
研究概要 |
本研究は、東北方言に残存するハ行唇音の実相とその口形上の特徴を明らかにするとともに、その両者をつき合わせることで、当現象が衰退していく過程の段階的特徴を抽出することを目的とするものである。 昨年度は、それらの考察の土台を築くべく、主として日本海沿岸地域の高年層に絞った調査を実施した。その結果、大局的にではあるが、①両唇摩擦音の段階、②唇歯摩擦音の段階のほか、③一部口形のみにそれらの痕跡をとどめつつ、結論的には声門摩擦音を発音する段階、④本来の円唇つき出しによる口唇の緊張をそのまま横方向にスライドしつつ維持し、平唇的な発音を志向する段階のあることを明らかにした。 本年度は、以上の知見を補強すべく、青森県青森市・弘前市・五所川原市、秋田県秋田市・大館市・男鹿市・湯沢市・大仙市、新潟県新潟市に地点を求め、各々高年層を中心とする実地調査を行った。なお以上の調査は昨年度と同様、基本的には同一調査票を用いた質問調査と3~4名で構成した談話調査とし、それぞれ具体音声をICレコーダーにデジタル記録すると同時に、発音時の口唇の動きをビデオ採録によって追跡した。 これらの結果、1)おおよそこれらの地点にも上記の①~④に記すような段階的特徴が確認できること、2)ただし①~④は理論的にはその順で衰退が進行していると見なされるが、調査地点にはそうした地理的な連続性がみとめがたいこと(つまり周縁の北西部地域ほど①的であり、それより南方の地域ほど④的であるといった序列は明確には指摘しがたいこと)、3)また同一地点内にも諸種のバリエーションがあり、その意味では現在、唇音衰退の地域差よりも個人的な発音の志向性による差異の方が大きい現状にあると思われることなどが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、東北方言に痕跡のあるハ行唇音の実相を捉え、その地理的・年代的な実相のバリエーションを対照することを通して、当現象の衰退過程を明らかにすることである。また、従来の聴覚を中心とする分析に加え、音響分析と口形分析を並行して行い、結果音だけでは把握しがたかった変化の段階的特徴を詳細に跡づけようとすることである。 前年度は、その見通しを得るためのアプローチとして、秋田・山形県(予備調査から典型的な唇音の実現が期待できる地域)および新潟県(それらの衰退過程ないしは末期的状況にあることが推測できる地域)を対象地点に据え、いわゆる帰納法的な調査を行った。またその結果として、実相のバリエーション(具体的には両唇音、唇歯音、平唇音などのほか、口形上にのみ唇音の痕跡を残すもの)とそれに基づくおおよその衰退過程が抽出された。 本年度はそれらの事実を踏まえ、さらに実相のバリエーションを多様に捉える視点と、そのバリエーションが地理的・年代的にどのような広がりとまとまりを見せるかの視点を定め、青森・秋田県を中心に実地調査を行った。それにより、前年度の究明事項を発展的に補う事象が多数把握されたという点で、現在までの達成度は「おおむね順調に進展している」と判断した。 ただし、前年度に見通せた唇音衰退の道筋を調査の上積みによって「補えた」という点ではひとつの成果といえるが、その道筋に新しい知見を加え、考察をさらに深めていくという点ではやや物足りなさがあったことも自覚している。特に年代差にはほとんど触れられていないこと、地理的に東北北西部の調査に偏りがちであったことなどが反省点である。次年度の課題として、これらへの対応を意識しつつ、研究を進めていきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上記のとおり、本研究は、昨年度にまずは研究の基盤を築くための実地調査を行い、ハ行唇音の諸相とそれに基づく当音の衰退過程を暫定的に明らかにした。それらを検証・補強するために、本年度はさらに対象地域を広げての実地調査を行い、想定される衰退過程(その段階的特徴)が地域を違えても同様に指摘しうることを確認した。今後の研究は、これらの経緯と実績に基づいて推進していくことを予定している。 前項までにも記したが、本研究の存立要件は、「消滅の危機に瀕している古音(ハ行唇音)の現状」を可能な限り広く詳細に捉えることにある。その意味では地点・人を幅広く求め、当現象に生じている事実そのことの採取を徹底する必要がある。過去2年の研究推進において、データはそれなりに蓄積されつつあるが、地理的には東北北西部、年代的には高年層(つまりは比較的唇音の痕跡を辿りやすい対象)にデータが偏りがちだった。今後は手薄である南東方面や中年~初老層を積極的に対象に据えていくことで調査の充実を図りたい。 一方、次年度は3年計画で進めてきた本研究の最終年度でもあるので、データの整理と分析を今以上に推し進め、初年度に設定した目的に即して考察を深めていくことも同時進行で行っていく。なおその際には、実相と口形の対応関係をひとつのモデルケースとして提示するのみならず、それらの調査語別・音節別傾向や地理的・年代的な連続性の有無にも着目するなど、より分析的できめ細やかな考察に結びつけられるよう努めていきたい。加えて、本研究の次段階の課題を見据え、できれば本題であるハ行音以外の唇音(たとえば合拗音の[kwa]やワ行音の[wo]など)の諸相も関連的に注視していきたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまでと同様、研究費は①「研究旅費」への配分を多としつつ、より円滑な音声収録と分析を志向しての②「機材・ソフト類」、大量データの記録・保存を見据えての③「メディア類」をバランスよく使用していくことを計画している。 ①を主体とするのは、本研究が古音の痕跡を地理・年代にわたって幅広く捉え、そのバリエーションから当現象の衰退過程を跡づけようとするからであり、必然的に実地調査が重要な位置を占めることになるからである。本年度までの研究の推進により、現状よりもさらに広範な地域・年層を対象に据えていく必要があることを把握した。加えて既調査地点に関しても、調査項目や対象話者の設定の在り方など、調査結果を踏まえてのさらに発展的な課題があることを把握した。これらを総合的に勘案し、研究旅費は少なくとも全体予算の6~7割程度を確保したいと考えている。 ②に関しては、本年度の計画段階で既に携帯・タブレット型のパソコンを購入することを予定していた。調査の経験上、データを調査現場でダイレクトに処理することの合理性と必要性を感じていたからである。しかし、Windows環境が7~8に変わる過渡的状況にあったこと(使い勝手や既存ソフトとの対応関係に不安があったこと)、また購入品目等の優先順位で予算調整の必要があったこともあり、意図的に購入を控えていた。②の機材類はこれを中心としながら、その他調査補助者用のICレコーダー、動画機能搭載のデジタルカメラなどをもって充実を図りたい。 他方、③のメディアは、①の進展に伴い、多様かつ大量のディスク・カード類が必要になる。またそれらのデータを地点別や変化段階別にカテゴライズするためには、相応のハードディスクが必要になる。これらについては段階段階で必要に応じ、余裕をもって購入していきたいと考えている。
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