研究課題
今年度は、本研究課題の主たる調査対象である『哲学字彙』に収録されていた学術用語が明治時代後期に、他の辞書類に伝わっていった状況について調査を行うとともに、日本語の語彙分析の手法についても検討を行った。また『哲学字彙』成立の背景を考察する一端として、編纂者の一人である井上哲次郎と森鴎外のドイツ留学に対する姿勢について、両者の現地での交流と日記の記述を比較して分析を試みた。これらの成果は、CIL19(第19回世界言語学者会議)、ベルリン大学付属森鴎外記念館での講演、論文集『近代語研究』第17集、同『Methods and Applications of Quantitative Linguistics』、同『Issues in Quantitative Linguistics』第3巻等で発表した。『哲学字彙』に収録された学術用語は井上哲次郎とその同僚や弟子が執筆した『哲学大辞書』に伝わった可能性が高く、さらに『哲学大辞書』巻末の英語索引と日本語の術語は、上海で西洋人の宣教師が編纂した学術用語集に伝わったと考えられる。今回は『哲学大辞書』と上海の学術用語集に加え、Mateerの術語辞典2冊(1904年版、1910年版)とCouslandの医学事典(1908年)を加えた5点の照合調査を行ったが、この上海の学術用語集は日本の『哲学大辞書』から約65%の見出し語と訳語を転載し、約10%は主にMateerの1910年版とCouslandの1908年版から補充していたと推察される。この調査により、明治時代後期にほぼ確定していた、訳語としての日本語の学術用語の一部は、西洋人の宣教師を介して中国での学術用語策定の一助となったことが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
明治期の学術用語の歴史については、20世紀初頭の中国の学術用語集へ伝わったことが確認できた。語彙研究の計量的分析については海外で開発されたThematic Concentrationという、文章の主題に関連した語彙の高頻度語彙群への集中度を示す指標を改良し、日本語の語彙分析に応用する試みを行った。この手法は将来的には、語彙研究だけでなく自然言語処理や辞書研究、日本語教育などにも適用可能ではないかと考えられる。
本研究課題の主たる調査対象である『哲学字彙』との関連性が明らかになった資料群について引き続き比較調査を行う。また語彙の計量的分析手法の開発については、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』や結合価辞書を使った解析を引き続き進める。成果については日本語学会春季大会(於早稲田大学)、QUALICO2014(国際計量言語学会)(於チェコ・パラツキー大学)での発表等を予定している。
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日本語の研究
巻: 9-3 ページ: 84-89