昨年度までに研究代表者は、生物言語学の概念的基盤についての科学史・科学哲学の観点から次のような特徴を明らかにした。まず、生物言語学は、科学革命における近代科学の形成過程と相同的な過程を経て形成されつつあることである。次に、ミニマリスト・プログラム(MP)にいたるまでの生物言語学の説明原理には因果律が含まれていないことが他の生物科学との違いであり、近代科学の発展という観点から見ると生物言語学はその発展の初期の段階にあることを明らかにした。最後に生物言語学と他の生物科学の理論との共通点と相違を明らかにするためには、生物学の哲学で進んでいるメカニズムの概念的な研究が重要であることを指摘した。一方、研究分担者はMPのメカニズムの中心的な概念である併合(Merge)の性質を言語進化の観点から考察し、統語演算能力の運動制御起源説を提案し、Mergeを含め言語を構成するすべての機能が人間固有であること、しかし進化的にはそのすべてが他の動物の機能と連続性を保っており進化研究にとってはそれが重要な手掛かりとなること、従ってFLN/FLBの区別を排除し、これを超越しなければ、MPは言語進化の正しい理解に到達できないということを明らかにした。さらに、MPに基づく生物言語学と他の生物科学の間に見られる見解の相違が言語やその起源・進化に関するいくつかの誤謬に由来するものであることを指摘した。本年度はこれまでの研究成果に基づいて、生物言語学、行動生物学、生物学の哲学、言語の脳科学の研究者を提題者とするワークショップ「生物言語学と生物科学におけるメカニズムについて」を日本科学哲学会で開催した。ワークショップでは生物言語学及び行動生物学のメカニズムの性質を紹介し、生物学の哲学の観点からこれらを比較し、その共通性と相違を明らかにし、さらに異なる分野の統合の際に生じる問題点について検討した。
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