本研究においては、主節とその主節が選択すると考えられていた補文、とりわけ補文が補文化辞を伴わない(つまり、空の語彙形式でも存在しない)時制文である場合、「裸埋め込み(bare-embedding)」という埋め込み形式のメカニズムが働いているとの主張を行った。その結果、埋め込まれた時制文は、主節とは異なる発話の力(illocutionary force)が埋め込まれることが可能となり、意味論の研究領域で主節とは異なる発話の力を従属節に埋め込むことは普遍的にできないとする、従来からの仮説の修正を迫る提案を行った。 その特殊な埋め込み構造を構成する言語事実が二つあり、ひとつは①発話行為動詞の(選択関係の無い、言わば補文化辞を伴わない)補文、もうひとつが「自由間接話法(free indirect disourse)」あるいは②「描出話法(represented speech)と呼ばれるものである。本研究の意義は、①②いずれの場合においても、主節とは異なる発話の力を埋め込むことができないとする仮説に対する例外として指摘されてきた、特殊な場合の命令文の埋め込みが特殊な例外ではなく、それ以外にも疑問文、主語・助動詞倒置構文、話題化構文といった、言わば主節環境にしか現れないとされる根文(root sentence)一般も現れうることを示した点にある。 さらに、裸埋め込みが許容される第三の統語環境が直接引用文の環境であることを示した点も本研究の意義でもある。本研究では、直接引用文は引用・報告の意味を内包する他動詞に選択されると考えられてきたものの、そうした意味とは無関係な自動詞においても観察されることを示し、直接引用文は付加詞(adjunct)を構成しているとの主張を行った。また、直接引用文が持つ語用論的特性は極小主義プログラムにおける統語部門(narrow syntax)においては、何の効果も示さず、そこで関係があるのは直接引用文が裸埋め込みされているという統語的特性のみであるという、新しい主張を行った。
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