研究課題/領域番号 |
23520791
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
渡邉 純成 東京学芸大学, 教育学部, 助教 (10262221)
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キーワード | 満洲語 / 東西交流 / 西欧科学 / 儒教思想史 / 文体分析 |
研究概要 |
『満文古文淵鑑』巻45~50、巻56~64の電子入力を完了した。作成済みの、順治~雍正年間成立の官修満洲語儒教系文献の電子テキストは、テキストファイルで8MB弱の大きさに達した。 この電子テキストを分析して、漢字音の満洲文字表記が、順治帝の親政開始直後に組織的に変更されたことが、まず確定した。表記の変更は単なる言語変化ではなく、清朝政府の対漢人政策の変化の一環として起きた可能性が、示唆される。また、一般語彙や語法に関して、康煕十九年刊『満文日講書経解義』と康煕二十年代半ばの『満文古文淵鑑』とのあいだで、地味であるが明確な変化が起こっていることも、判明した。名詞化接尾辞-nggeが独立して形式名詞ninggeになるなどの、融合的な表現が分析的表現に移行する傾向が、統計的に確認できた。これは、満洲旗人社会における言語面での世代交代を反映すると考えられる。上述の一般語彙や語法の通時的変化と、研究代表者が以前解明した儒教用語の通時的変化とにおいて、変化のパターンや速度、個別の資料内部での揺らぎなどの在り方は様々であるが、この多様性を利用して、満洲語文献を、分子遺伝学で既知の手法を応用しつつ分析することで、成立年代や作成グループに関する推定を、客観的かつ定量的に行なうこと──推定の信頼度の評価も含む──が、可能になってきた。 なお、電子テキストを作成する過程で、乾隆年間に文字の獄との関連で改竄されることになる『大学衍義』や『古文淵鑑』の語句が、満洲語訳文では保たれていたことも、判明した。文字の獄は、漢人社会における思想の流通の制限であって、思想自体の存在を禁止したものでないことが、わかる。また、『満文日講易経解義』の訳文で『周易正義』を参照したらしい箇所も検出されたが、それらは、康煕年間の満洲旗人の儒教理解についての直接的な資料となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
満洲語科学技術文献は、成立年代や著者、あるいは作成グループの各人の寄与比率について明文のないものが多いので、言語面からこれらを推定することは、基本的な課題である。しかし、研究代表者が満洲語科学技術文献の組織的な研究に着手した約10年前に、満洲語言語学の専門家に照会したところでは、満洲語での文体分析の手法と基礎データは未開発であった。そのため、研究代表者は、本研究課題を含むこれまでの研究を通じて、満洲語科学技術文献の科学的内容やジャンル内での諸文献の相互関係を解明することに重点を置いて、文体分析が必要になる事項については、今後の長期的な検討課題としてのみ扱ってきた。しかし、本研究を通じて、(1)官修の満洲語儒教系文献における通時的変化は、MB単位のテキストに対して確率論や数理物理学で既成の手法を適用することで、複数の特徴が検出可能なものであること、(2)西欧人イエズス会士の満洲語が、100kB程度のテキストでも有意に検出される特異なものであること、の2つの点が判明したため、今後の長期的な検討課題が、現時点でも着手可能な短期的な課題となった。文体分析を実施することで、康煕年間中葉に清朝宮廷が西欧人イエズス会士を選んだ基準では、潜在的語学力が大きなウェイトを占めていたことも推定されるなど、科学史に関する結果もただちに得られた。そこで、当初の計画を変更して、満洲語での文体分析の手法と基礎データの確立を優先させたために、研究期間を延長することとなったが、長期的な観点からみれば大きく前進することができた。副産物として、満洲旗人の儒学理解の様相について直接的な情報も得られたが、これは、東アジア儒教思想史について新しい観点をもたらすものである。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度の研究計画の中で、満洲語の文体分析の手法と基礎データの開発を優先させたために後回しになった事項を、完了させる。『満文日講書経解義』全巻とフランス国立図書館所蔵満洲語カトリック文献群について、既作成の電子テキストを、校記や漢文原文との条項対照表などを付加した上で科研費報告書などの形態で印刷・配布し、研究者間での速やかな情報共有を図る。『格体全録』について、既収集本5種を総合して校訂テキストを作成するとともに、満洲語儒教文献電子テキスト・満洲語カトリック文献電子テキストを参照しつつ、校訂テキストの粗訳を作成する。『満文算法纂要総綱』について、英訳を作成する。 また、平成25年度に開発した満洲語の文体分析の手法を、『満文算法原本』・『満文算法纂要総綱』・『格体全録』に適用し、満洲語儒教文献電子テキスト・満洲語カトリック文献電子テキストとの共通点や相違点を定量的に求めることで、これらの文献の作成状況を推定することを、試みる。
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次年度の研究費の使用計画 |
25年度には、既収集満洲語書籍の整理と成果の公表を行なう予定であったが、24~25年度の研究と従前からの研究とにおいて作成した満洲語電子テキストを分析して、一般語彙・語法のみに基づいて書籍の各当事者の母語と寄与分を推定することが可能となったことから、当初の予定よりも研究が進み、満洲語の定量的な文体分析の手法と基礎データも開発できた。これにより成果の公表は次年度に行なうこととした。 26年度には、以上の新知見と新手法に基づいて既存の整理結果を改訂し、必要な備品・消耗品・書籍等を購入しつつ、文体分析の方法を洗練させたうえで、25年度に予定していた研究成果の配布・公表を行なう。未使用額はそれらの経費に充てることとしたい。
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