研究課題/領域番号 |
23520804
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
山室 恭子 東京工業大学, 社会理工学研究科, 教授 (00158239)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 貨幣改鋳 / 米価 |
研究概要 |
江戸幕政における三大改革について、商業資本の浸透による武家の窮乏化を、相対済ましや棄捐など債務破棄の強引な手段で押しとどめようとした守旧的な政策であるという通説を覆し、武家の窮乏は「金銀不融通」という市場の停滞を引き起こして商人の窮乏をも招くというミクロ経済学の構図で全体をとらえ直すことが申請書に掲げた本研究の目的である。 その目的を達成するために、幕府と商人の利害が斬り結ぶ焦点である貨幣改鋳に着目し、特に具体的経緯が詳しく分かる江戸後期の元文・文政・天保・安政と続く改鋳について幕府の行政資料を詳細に検討してみたところ、以下のことが判明した。 □貨幣改鋳をするたびに、幕府は懸命に旧貨幣の回収に奔走している。 なぜだろうか。改鋳さえしなければ「旧貨幣」は発生しないのに、なぜ幕府は自分で自分の首を絞めるようなことをしたのだろうか。 疑問を解くために、こんどは幕府により発行された貨幣の量と種別のデータを整理してグラフにより可視化してみると、以下のことが判明した。 □どの時期においても、退蔵貨幣が3割とそうとうの割合を占める。□幕末期になるほど、二朱金・二分金などの小額貨幣の比率が増え、小判という高額貨幣離れが進む。これは、小額貨幣化を進めることで、貨幣の回転を良くしようという政策意図のあらわれと読める。 以上の検討によって、幕府による貨幣改鋳政策は、従来の通説のような赤字補填のための改鋳益獲得が目的ではなく、放置しておくとどんどん退蔵されてしまう貨幣を商人の蔵から引きずり出し市場に回転させるため、定期的に改鋳して旧貨幣を無効化することで退蔵を防ごうという、いわばリニューアル作戦であったという新説を導くことに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
江戸の物価という当初計画の視野には入っていなかった新しい分野への拡張を果たせた。その概要以下の通り。 江戸の物価について三井文庫の70年分27品目のデータをExcelに入力し、相関関係などの解析を進めた結果、以下の興味深い現象を探りあてることに成功した。江戸時代さいごの3年間にあたる慶応元年(1865)から同3年にかけて、米穀の値段に不思議な事象が起きている。大豆・油・綿など諸物価の高騰が3-4倍程度であるのに対し、米価だけは2年間で10倍という突出した高騰ぶりを呈しているのである。 この事象を引き起こした犯人を幕府の発令や商人の記録など史料のなかに探索してみると、株仲間として公認された米問屋・仲買以外の「素人」が米取引に大量に参入してきたのが原因であることが判明する。株仲間外の外部投資家が手持ちの資本を米穀の買い占めに投じたことが米価高騰を招いているのである. 「米」という、財でも貨幣でもある両義的な存在を抱えた江戸の経済システムに特有の現象を探りあてたことで、明治維新へのスムースな移行の原因を推察する大きな手がかりを得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
1) ゲーム理論への拡張 貨幣の流通実態という、いくつかのプレイヤーの思惑が絡まり合う場面に焦点を宛てることで、貨幣を放出する/退蔵するという戦略のセットを商人の行動に見出すことができ、ゲーム理論の枠組みを援用して、より論理的に起きたできごとを説明できる見通しが開けてきた。よって今後はゲーム理論研究者とディスカッションする機会を増やす。2) 統計分析への拡張 物価という数値データの集合をうまくグラフ化すると、当時の人々の未来への期待感や不安のバロメーターとして数値を読むことができるという見通しが開けてきた。よって今後は統計分析の手法に習熟した大学院生とコラボレーションして、さらなる発見に恵まれる機会を増やす。
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次年度の研究費の使用計画 |
4月着任の研究者を新たに研究協力者として参画させ、より専門性の高い分析を行うために、研究計画を後倒しにしたため残額が生じた。 この残額を含めて、東京工業大学大学院に所属し数値解析の技法に長けた理系の大学院生チームを組織して、江戸幕府の財政、貨幣や物価に関わるデータの入力と解析を積極的に推進する。そのために必要な書籍・資料の複写費、グラフを詳細に検討するための大画面のデスクトップパソコン、統計解析ソフトの購入の一部に次年度の研究費を充当する。
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