研究課題/領域番号 |
23520833
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
川合 康 大阪大学, 文学研究科, 教授 (40195037)
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キーワード | 治承・寿永の内乱 / 平家物語 / 愚管抄 / 百練抄 / 建礼門院右京大夫集 / 吾妻鏡 / 平資盛 / 慈円 |
研究概要 |
本研究は、国文学研究で研究成果が積み重ねられてきた『平家物語』成立圏に関して、治承・寿永内乱史研究の成果に基づいて、歴史学の立場から検討を行うものである。研究実施計画に記した4つの検討課題のうち、研究の3年目にあたる平成25年度は、III「『建礼門院右京大夫集』など、『平家物語』との相互交渉のなかで成立したと推定される文学作品の収集と検討」、IV「『吾妻鏡』『百練抄』など、後出の鎌倉時代諸史料における『平家物語』の影響に関する検討」の史料収集と分析を進めた。 まずIIIの課題では、平成25年度は『建礼門院右京大夫集』の平資盛に関する記述を中心に分析を行った。平氏都落ちに遅れて合流した小松家の資盛は、寿永2年10月に平氏軍が九州を離れる際、家人平貞能とともに九州に留まったと推測されるが、建礼門院右京大夫は、『平家物語』『吾妻鏡』と同様に資盛は壇の浦合戦において討死したとし、資盛が早い段階から討死を望んでいたと記している。『右京大夫集』のこの記載は、資盛が帰京する意向を伝えていたとする同時代史料とは異質であり、内乱後数十年を経た段階で、貴族社会では平氏一門の滅亡についての定型的な理解=「物語」が成立し、『右京大夫集』はそれに基づいて書かれたと理解される。 次にIVの課題については、鎌倉幕府編纂の『吾妻鏡』が、東国における頼朝挙兵から平氏一門の滅亡までの合戦記事において、延慶本などの『平家物語』から大きな影響を受けていたことを確認した。また、土佐房昌俊による源義経襲撃記事は、同時代史料に見えない一方で、『平家物語』『吾妻鏡』『百練抄』に共通して記されており、虚構の可能性も含めて今後検討する必要のあることが判明した。 また平成25年度は、都落ちした平氏軍が滞在した九州大宰府跡の現地調査を実施し、自治体史などの資料類を入手した。本研究に関連する成果としては、図書4件、学術論文1件を公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度の平成23年度は、I「『平家物語』諸本における「鹿ケ谷事件」譚の異同の検討」、II「「鹿ケ谷事件」譚を共有する鎌倉時代の文献・諸史料の収集と検討」から研究を開始し、平成24年度は、IIを継続して進めるとともに、III「『建礼門院右京大夫集』など、『平家物語』との相互交渉のなかで成立したと推定される文学作品の収集と検討」について研究を進めた。3年目にあたる平成25年度は、IIIの作業を継続するとともに、IV「『吾妻鏡』『百練抄』など、後出の鎌倉時代諸史料における『平家物語』の影響に関する検討」の史料収集と分析を行い、土佐房昌俊による義経襲撃事件など、従来あまり注目されてこなかった具体的な論点を見出すことができた。 以上のように、研究はおおむね順調に進展しており、その成果は、平成24年1月に「「鹿ケ谷事件」考」(『立命館文学』624号)、平成25年12月に「治承・寿永の内乱と鎌倉幕府の成立」(『岩波講座日本歴史 第6巻 中世1』岩波書店)、平成26年3月に「平清盛」(『中世の人物 京・鎌倉の時代編 第1巻 保元・平治の乱と平氏の栄華』清文堂出版)を発表した。これらの論考は、従来『平家物語』諸本の記述に沿って理解されてきた歴史像について、『平家物語』の歴史観や主題を踏まえたうえで再検討し、新しい史実や歴史像を提起したものである。こうした研究の進展のなかで、『平家物語』などの軍記物を歴史学の立場からいかに用いるのかという議論も深まっており、かつてのように『平家物語』は文学、『吾妻鏡』は歴史として形式的に区分する発想や、『平家物語』の都合の良い部分だけを史料として用いるような方法は、学界でも克服されつつあるように思われる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの3年間で、研究実施計画に記した4つの検討課題、すなわちI「『平家物語』諸本における「鹿ケ谷事件」譚の異同の検討」、II「「鹿ケ谷事件」譚を共有する鎌倉時代の文献・諸史料の収集と検討」、III「『建礼門院右京大夫集』など、『平家物語』との相互交渉のなかで成立したと推定される文学作品の収集と検討」、IV「『吾妻鏡』『百練抄』など、後出の鎌倉時代諸史料における『平家物語』の影響に関する検討」について、ひと通り史料収集と検討作業を行うことができた。研究の最終年度にあたる平成26年度は、I~IVの検討をさらに補う作業を進めるとともに、その検討結果を踏まえて、総合的な見地から『平家物語』成立圏について検討していくことにしたい。 なお、『平家物語』は種々雑多な説話を含みこんでおり、それらをそのまま検討すれば、成立圏の議論は拡散してしまう危険性が高い。そのため本研究では、これまでに検討してきた『平家物語』の中核的説話、すなわち、『平家物語』前半部において平清盛を「驕りに満ちた」専制的権力として印象づける「鹿ケ谷事件」譚、そして後半部において「盛者必衰のことはり」に基づく平氏一門の滅亡過程についての定型的な理解=「物語」を中心にして、『平家物語』の成立圏を具体的に考察することにする。そのうえで、史実とは異なる『平家物語』が生み出された鎌倉前期の貴族社会や公武関係の特質についても展望していきたいと考えている。
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