平成25年度はこれまでの平成23・24年度の研究成果をまとめる作業をおこなった。本研究では天水放馬灘秦墓出土の木製地図を素材に、その地図のとらえる地域を確定し、古代中国における地理認識を理解するということを目的としてきた。研究の過程のなかで本研究班では、山脈の稜線と河川の報告から、衛星写真を含む現在の地理情報との類似点から地図に書かれた範囲を藉水・西漢水流域ととらえた。甘粛省礼県を中心とした西漢水流域は秦発祥の地と考えられ、天水地区の早期秦文化の遺跡と発掘概況は把握しておく必要があるため、平成24年度には西北大学の徐衛民氏を招聘し、状況に関するレクチャーおよび議論をおこなった。 本研究の中で考えられた中国古代の地理認識と考えられるもののなかで重要な点は、河川の分岐する数についてはおおよそ実際の地理状況を反映していると考えられるが、河川の支流と本流における距離はおそらくは実際の長さとは相関関係に無いのではないかということである。このような距離に対する地理認識は水経注・山海経・穆天子伝といった地理・民俗関係の伝世文献の記載においても同じように考えられる。このことは古代では地理情報を描く際に、実際の距離や面積という測量的な数値を把握するというよりも、放馬灘秦墓地図に描かれているように、川沿いの山林の樹種や点としての地名という大枠の面的なとらえ方をしていたのではないかと考えられる。今後は堤防建設や都市の移動といった出土文献資料から知りうる地理情報についての調査・整理をすすめる必要がある。 なお、平成25年度の日本秦漢史学会では武漢大学でおこなわれた放馬灘秦墓出土地図の赤外線による新たな文字の発見についての報告があった。新たに地図上に「上」の文字が発見され、本研究の結果とは異なる地図の位置関係を示す可能性が示された。新たな事実の発見により、今後もさらに研究の深化が期待される分野といえる。
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