本研究はイタリア中近世史一般の貴族の多義性とそれがはらむ問題とは対照的に、あまりに自明のものとして扱われてきた観のあるヴェネツィア貴族を、その複雑さの中で再考することを目的とする。そのため、「騎士」に注目し、イタリアの研究蓄積と最近の研究成果をまとめ、ヴェネツィアのエリート層と、馬の使用や騎士文化との関係を年代記や大議会決議などの史料に基づいて考察した。その結果、ヴェネツィア人は決して馬と無縁ではなかったこと、近年のイタリア・コムーネの騎士研究は、騎士叙任式や国制上の特権は必ずしも騎士階層であることの本質ではないという立場を取っているので、それならばヴェネツィアの支配層をグラデーションのもっとも薄い形態として、騎士文化に連ねることは可能であろうことが、明らかとなった。 次に、13-14世紀のイタリア都市の変遷についての近年の研究成果をまとめ、その中で、ヴェネツィアの貴族身分がいかに成立していくかを検討した。研究史を概観すれば、北中部イタリア都市における13世紀後半~14世紀は、13世紀の制度の文化、参加資格の拡大と13世紀末からの権力の集中の動きが多くの緊張を生みだした時代として、捉えられてきている。ヴェネツィアでも13世紀後半は著しく「制度」が整えられた時期で、その中で親族をどのように扱うかが問題になっていた。13世紀後半~14世紀初期にみられた各種の法令は、ヴェネツィアにおいて、参加資格の拡大・親族の利害の抑制と、権力を特定の家に固定化しようとする動きが緊張関係にあったことを示している。貴族身分を生み出すもととなった一連の法令は、このような緊張の中で、以前は政治的協力者の範囲として制限の対象になっていた父系直系血族prolesや親族propinquiが、逆に評議会制度を支える柱として制度化されていく過程であったと解釈できる。
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