研究課題/領域番号 |
23520899
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
渡辺 和行 奈良女子大学, 文学部, 教授 (10167108)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | フランス人民戦線 / 文化革命 / 余暇の組織化 |
研究概要 |
フランス人民戦線と余暇の組織化が科研のテーマである。平成23年度は、スポーツ・旅行・文化という3つの領域における政策を大局的に捉えるために、まず、人民戦線の文化と政治を論じたパスカル・オリイの基本文献を参照しつつ、スポーツ・旅行・文化の3分野を俯瞰する作業を中心に行った。この作業を通じて、先行研究の再把握と必要な史料の再調査を行い、人民戦線政府の文化革命の概念図の作成に努めた。 余暇担当大臣レオ・ラグランジュの政策意図については、Eugene Raude et Gilbert Prouteau, Le message de Leo Lagrange, Paris, 1950.によって解明した。首相ブルムの考えについては、フランス語版のブルム全集および社会党機関誌『ポピュレール』(マイクロフィルム、中央大学所蔵)にあたって分析した。また、人民戦線の論文が数多く掲載される洋雑誌『社会運動誌』と『20世紀誌』の文献調査を行い、重要な論文を複写した。さらに、東京大学社会情報資料研究センターでは、フランス労働総同盟の機関紙『プープル』や日刊紙『ルタン』、京都大学人文科学研究所では週刊紙『ヴァンドルディ』、大阪大学では日刊紙『ルモンド』の調査を行い、有給休暇や余暇に関する記事を収集した。フランス国立図書館では、ユースホステル研究の学位論文を閲覧した。 こうした文献や史料を読破し、人民戦線の「余暇の組織化」に関して、スポーツ・旅行・文化の3分野で行われたブルム内閣の政策をそれぞれ解明した。スポーツの分野では、自ら参加するスポーツへの転換とそのための施策、旅行の分野では割引切符の導入とユースホステルなどの整備の実態、文化芸術の分野では、文化の「壁」を打破する試みとしての、「壁画芸術」運動や移動図書館制度などが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の独創性は、従来の反ファシズム・反恐慌に力点が置かれた人民戦線史研究ではなくて、文化革命としての人民戦線、すなわち「余暇の組織化」という視点を導入することで、ワークライフバランスが問題になっている現代にも有用な教訓を導き出すことができるというものであった。そのために、フランス人民戦線の政策立案者の意図の解明と、スポーツ・旅行・文化の3領域での具体的な政策を、議会での議論や新聞の論調、さらには当時の新聞雑誌への投書によって民意を探ることで、ライフスタイルの転換が始まった様が確認できた。 (1)スポーツの分野では「見せ物としてのスポーツ」から「自ら参加するスポーツ」へのスポーツ観の転換が行われたこと、つまりプールや競技場建設による参加を促す施策、体育高等師範学校の設立による指導者養成、冬期スポーツや民衆飛行などの空のスポーツについても解明できた。(2)旅行の分野では、割引切符の導入による鉄道旅行や自転車とユースホステルを利用した安価な旅、林間学校の組織化などについて、当時の人びとの心性にまで降り立って解明することができた。とりわけ、労働総同盟が観光案内所などを設けたり、旅行積立貯蓄制度を設けたりして積極的に関与している実態が明らかになった。あわせて、ユースホステル運動については、世俗派の組織と教会系の組織にも目配りして研究を進める必要性を痛感した。(3)文化の分野では、移動図書館や民衆劇場、巡回劇団、万国博覧会(1937年パリ万博)などの多様な文化政策のメニューについて明らかにすることができた。 政策という上からの政策者の意図は、かなり解明できたが、余暇を享受した労働者サイドの実態については、不明な点も多いので次年度以降の課題としたい。現時点での研究の進捗状況であるが、4節構成(ヴァカンスの誕生、スポーツ、旅行、文化・芸術運動)で400字詰め原稿用紙換算140枚の論文となっている。
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今後の研究の推進方策 |
申請時の研究方法では、スポーツ・旅行・文化の3領域の政策を1年ごとに解明していくことにしていたが、文献や史料の収集状態を勘案すると3領域を同時に進める方が効率がよいことが判明した。平成23年度の研究も、すでにそうした方向で進めてきたが、今後も同様の手法で3分野の政策について研究を推進するが、3分野に同等のエネルギーを割くのではなくて、アクセントを付けて研究に臨みたい。 そして、人民戦線政府の文化革命の諸相を、スポーツ・旅行・文化の3分野から解明するために、政府の余暇政策という上からのベクトルと、スポーツや旅行に興じた人びとの心性や政策に対する要求・支持といった下からのベクトルを交差させて、「文化革命」の実態を立体的に解明することも心がけたい。さらに、「文化革命」の分野でも、反ファシズムと反恐慌の切り口同様に、労働者階級の視点と中産階級の視点をも交えて考察を進めることにする。用いる史料は、政党の機関紙と党大会議事録、および同時代の雑誌や新聞、回想録などである。 こうして、「文化革命」の3分野の研究を3年後の完成をめざして実施し、「文化革命としての人民戦線」を公表すると同時に、従来からの視点である反ファシズム・反恐慌としての人民戦線像に文化革命としての人民戦線像を重ねることで、新たなフランス人民戦線像が呈示できるだろう。研究期間満了1-2後の出版は、かなり現実化してきている。現在、全体で6章構成のフランス人民戦線史が850枚(400字詰め換算)ほどできあがっており、本科研のテーマは第6章にあたる。最終的な完成まで2年もあれば十分だろう。日本人の手になるフランス人民戦線史が1974年以来出版されていない現状は、私の研究によって是正されるだろう。それは、ソ連圏の崩壊による史料の公開という新しい状況を踏まえ、40年近くに及ぶわが国のフランス人民戦線研究の欠落を補って余りあるだろう。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度は、スポーツ・旅行・文化の3領域における余暇の組織化の研究を推進するが、とくに旅行の組織化に軸足を置いて取り組む。割安のラグランジュ切符による鉄道旅行からユースホステルを利用した自転車旅行などを解明する。そのために、ユースホステル運動の機関紙(Le Cri des Auberges)の収集が不可欠になっている。この機関紙の閲覧のために、フランス国立図書館での史料調査と収集が不可欠である。その際、教会系と世俗派の2つのユースホステル運動を視野において研究を進める必要がある。そのために、立教大学が所蔵している共産党系の大衆誌『ルガール』と社会カトリシズム系の機関紙『セット』のマイクロフィルムを利用する。教会系の日刊紙『クロワ』はウェッブで閲覧可能である。 ユースホステル運動に象徴されるように、本研究課題はボーイスカウト運動やガールスカウト運動とも交錯する領域なので、そうした文献を購入・収集する必要がある。それは、カトリック教会の青年運動ともリンクする分野であるので、カトリックの社会活動に関する文献も必要になるだろう。また、労働総同盟の機関紙『プープル』の投書欄に、有給休暇を得てラグランジュ切符を購入して格安旅行をし、初めて海を見て感激したという労働者の投書が載せられたりしている。労働者の心性を知る上でも重要な史料である。幸い、東京大学社会情報資料研究センターが『プープル』のマイクロフィルムを所蔵しているので、その閲覧のための出張旅費が必要となる。 文化面では、ジャン・ルノワールの映画「ラ・マルセイエーズ」(1938年)に代表されるような、人民戦線と映画や演劇、絵画など、文化・芸術の民衆化や民主化の試みについての研究も合わせて開始する。
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