今年度はベルリン市図書館のグラウエン・ギムナジウム・コレクションについて調査を行った。既に入手した追悼説教パンフレットで追悼の対象とされた人物を中心に別の版の存在や残存状況の違いに関する調査を主たる目的とした。基本的には同じ版の存在が確認できただけの場合が多かったが、あわせて夫婦などの近親者のものを確認することができたケースもあった。成果の一部は、昨年度来取り組んでいた、軍人の追悼説教にかかる論文にもりこみ「近世ドイツにおける「紙の記念碑」――ブランデンブルク・プロイセンのある軍人」(『歴史学部論集』4、2014年3月)にまとめた。 追悼説教パンフレットの説教部分の分析からは、追悼されるものの社会的立場や職業に応じて選択される聖句や物語に差異はあるものの、プロテスタントの場合は会葬者に対して善行や煉獄の思想を前提としない新しい死生観を伝え、死への準備を促す近世版「往生術」としての役割を果たしていたことが明らかになった。その際、カトリックのように聖人をモデルとすることはできない。ここでモデルとしての役割を求められたのが、追悼されるべき「故人」その人であった。こうした位置づけについては、ルター派でも改革派でも差異はなかった。 パンフレット後半に見られる経歴に関わる部分の分析からは、宗派上の差異よりも故人の社会的立場による差異の方が目立った。たとえば、他の領邦から移ってきた地方貴族の場合は、たとえ数世代であれ新しい領邦の宮廷との結びつきやそこでの功績を強調することや新しい社会でよしとされていた教育や出世ルートを辿ってきたことを強調することに心を砕いていたことが見て取れる。 以上のことから、追悼説教パンフレットは、全体として「故人」を近隣社会のなかで「神に喜ばれる徳」と「世俗の名誉」を兼ね備えた身近なヒーローとして描いており、聖俗両面の価値観を伝える貴重な史料であると言える。
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