近代日本における朝鮮半島と中国東北部(旧満洲)へのコロニアル・ツーリズムに関して,本研究は3つの研究課題を設定した。 第1の課題は,資料としてこれまで注目されていない旅行記を「再発見」し,書誌的な目録を作成する作業である。これは当初の予想以上に時間を要し,目録の完成は研究の3年次に入ってからとなったが,約300点の旅行記を通読した上で,旅程の分析に有効な175点の旅行記をリストアップすることができた。 第2の課題は,リストアップされた旅行記を用いて,旅行の目的・ルート・訪問地の傾向とその変化を有意な形で分析することである。その結果,1925年前後を境として,10都市の回遊を主とする定型的でコンパクトな旅程へと収斂する傾向や,教員・学生・実業家といった旅行主体による差違が見いだされた。例えば,実業家が朝鮮半島においてローカルな視察や見学を行う傾向があったのに対し,学生は中国東北部の周縁部への関心が特徴であった。 第3の課題は,旅行者の心象地理と観光地形成の分析であったが,第1・第2の作業が遅れたため,十分に進めることができなかった。しかし,日露戦争の戦跡や,扶余・平壌・金剛山・撫順・吉林・哈爾賓など,特徴的な訪問地に即した分析から新しい知見が得られる見通しは得られた。植民地における帝国主義の表面的な「経験」や「理解」が,内地で報告・共有・教育される様相について,得られた資料から引き続き分析を進めることが,残された課題である。 加えて,今後検討に加えるべき課題として,台湾などの他の植民地へのツーリズムとの比較を視野に入れることが挙げられる。併せて取り組んでゆきたい。
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