研究課題/領域番号 |
23520990
|
研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
太田 好信 九州大学, 比較社会文化研究科(研究院), 教授 (60203808)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
|
キーワード | ポストヴァナキュラー論 / 言語復興 / アイヌ語 / ハワイ州在住日系人 / ウチナー口 / アイデンティティ |
研究概要 |
本年度は、以下の実地調査を行い、次のような知見を得た。(1)グアテマラ共和国におけるマヤ系言語の一つ、カクチケル語の言語復興の現状について、グアテマラから来日した言語学者2名と意見交換をおこなった。その結果、グアテマラのカクチケル語は、それが母語として機能する共同体が存続しており、スペイン語との「バイリンガル状況」からスペイン語だけの「モノリンガル状況」への移行は見られないという見解を得た。(2)白老町のアイヌ民族博物館で、アイヌ語・アイヌ文化復興プロジェクトに参加している研修生数名と、プログラムの進捗状況に関して情報提供を受けた。また、言語・文化復興に関する北海道ウタリ会、ならびに北大アイヌ先住民研究センターの活動についても情報提供を受けた。アイヌ語は、それが機能する共同体がない。すなわち、母語としてアイヌ文化を伝達する機能を失って久しい。そのような状況下、アイヌと自称する人びと(とくに、研修に参加している若者たち)は、アイヌ語をどのように理解しているのだろうかという疑問があった。この疑問にはいまだに満足な解答を得ていない。平成24年度の研究課題である。アイヌの若者たちとのインタビューでは、ウチナー口と対比してアイヌ語の復興を語る場面に遭遇した。ウチナー口に関する調査も、平成24年度の課題である。(3)ハワイ大学のアジア太平洋図書館において日系人のための日本語教育の歴史に関する資料を収集し、日系人日本語学校教師へのインタビューをおこなった。日系人社会における日本語が道具的機能から象徴的機能へと移行していることが判明した。日系人も、米国ハワイ州の特殊な事情から、つねに日系とは何か、日本語はコミュニケーション手段ではなく、断片化された価値を象徴的に表現する言語作用を担うようになっている。平成24年度の調査では、この言語の側面を調査する必要があると感じた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、理論的研究はおおむね順調に展開した。その理論的考察の一部はすでに成果を公表した。実地調査研究では、沖縄県下でのウチナー口復興運動に関する現地調査を実施できなかったため、この部分は調査計画から遅れてしまったところである。しかし、その反面、アイヌ語の復興に関する調査は、当初の計画には含まれていなかったが、言語共同体を完全に喪失した言語の復興は本研究においても重要な課題であり、この領域への進展がみられたのは、当初は予定していなかったが、たいへん大きな収穫である。ハワイ州での日系人社会での調査は、ハワイ大学での文書館調査を含め、おおむね順調に進展した。
|
今後の研究の推進方策 |
実地調査における個別研究課題から距離を置き、大きな枠組みとなる疑問を忘れないようにしたい。たとえば、それは「言語がアイデンティティの根幹として機能しなくなった場合、アイデンティティと言語との関係はどのように再考されるのだろうか」という疑問である。これまで、文化人類学では言語・文化・アイデンティティは同心円として構想され、それを支えている社会や共同体の存在が暗黙の前提だった。しかし、アイヌの場合がもっとも明白だが、そのような共同体はすでに存在しないも増えている。また、日系人社会では日本語は伝達の機能を失った。それらを、わたしたちが生活する日本語、日本文化、日本人としての国家的アイデンティティが疑問視されづらい状況と比較しれば、沖縄の場合は、ちょうど過渡期的状況にあるのかもしれない。平成24年度は、当初の計画どおり、この過渡期的状況について実地調査をおこない、その結果を踏まえて、これまで収集した資料やインタビューの成果を盛り込み、短い考察を準備する。さらに、アイヌ語・アイヌ文化復興は現在も継続中のプロジェクトであり、またハワイ州日系人社会での調査も新しい疑問が生成しているので、これらを継続して調査する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度の直接経費は、実地調査の旅費となる。計画どおり、次の調査をおこなう。(1)沖縄県での、マス・メディアをとおした「ウチナー口復興」のに関する現地調査。(2)アイヌ語・文化復興プロジェクトに関する現地調査。現在、白老でおこなわれている研修プロジェクトだけではなく、私立大学でのアイヌ文化伝承者奨学生に関する調査をおこなう。(3)ハワイ州ホノルル市で、日系人がすでに意思疎通の手段ではなくなった日本語と自分たちとの関係をどうように理解しているかを探る。
|