研究課題/領域番号 |
23520990
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
太田 好信 九州大学, 比較社会文化研究科(研究院), 教授 (60203808)
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キーワード | ポストヴァナキュラー論 / 言語復興運動 / アイヌ語 / シマクトゥバ / ピジン英語 / ハワイ / 沖縄県 / アイデンティティ |
研究概要 |
本年度は、ヴァナキュラー言語モデルの中核である言語とアイデンティティとの一体化した関係が、どのように変化しているか、また継続して想定されているのかを、以下のフィールドにおいて実地調査をおこない、次のような成果を得た。1)沖縄県八重山地方における漁民(ウミンチュ)の間では、漁労活動により支えられる糸満方言の継続的利用がある。周囲が石垣四箇村の方言である生活空間でも、漁労における言語は糸満方言であり、平均年齢50歳以上の漁民(男性)は、糸満方言による意思疎通をおこなっている。2)沖縄県の行政も「シマクトゥバ復興」に力を入れている。弁論大会や方言学習の副読本も作成されている。沖縄県における「シマクトゥバ」は県各地域の方言偏差を尊重しつつ、言語とアイデンティティとを結びつけたヴァナキュラー論をモデルにしていることも判明した。3)アイヌ語は「死滅した」と宣言されて久しい。しかし、北海道各地では、さまざまなアイヌ語復興が起きている。たとえば、STVラジオのアイヌ語ラジオ講座、アイヌ民族博物館や北海道大学でのアイヌ語講座、二風谷での子供たちを対象にしたアイヌ語講座など、言語復興運動は活性化している。また、札幌大学で4年目を迎えるアイヌを対象とした「ウレシパ奨学生」制度がある。これも、一連の言語復興運動と同様に、言語とアイデンティティを結びつけたヴァナキュラー論をモデルにしたプログラムである。 4)ホノルル市におけるローカル性を表現する言語としてピジンがある。この言語による文学活動も盛んであり、ヴァナキュラー論に根差していることが明確であった。 以上の調査結果から、21世紀においても、ヴァナキュラー論をモデルとした言語とアイデンティティを結びつける発想は強く残り、言語を失うことはアイデンティティをも失うことという理解が広がっていることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、沖縄県(石垣市と那覇市)、北海道(札幌市、白老町)、アメリカ合衆国ハワイ州(ホノルル市)で実地調査をおこなう計画であった。それらをすべて順調に終了し、上記の「研究実績の概要」で示した成果を得た。1)石垣市での調査は、予想どおりの結果であった。生業という基盤なしには、言語だけが継続利用されることはない。2)平成24年度のウチナー口(シマクトゥバ)に関する復興運動に関する調査を継続した。本年度は行政(沖縄県庁)指導の言語復興の実際を調査することができた。沖縄県では行政の活動は後発であり、ラジオ沖縄の「方言ニュース」などは、40年を超える歴史をもつ。3)アイヌ語復興に関する調査も予想どおりの結果を得た反面、驚くべき展開もあった。すでに言語共同体が存在せず、アイヌ語は書物などをとおして第二言語として学ぶ言語となっている。しかし、それでもアイヌアイデンティティを自覚する人々の間では、言語に対する情熱は冷めていないことにも、驚かされた。この結論は、ヴァナキュラー論的発想の強さの例証になるだろう。4)ハワイ州では、その独特の歴史を背景とし、白人とローカルが対立的に考えられていた。ローカルの中には、ハワイ先住民であるカナカマオリも含まれる。そのローカル性を表現する言語がピジン英語である。ローカルというアイデンティティは、ハワイ先住民の歴史的特殊性を配慮しておらず、現在、問題化している。ハワイ語の復興は、ハワイ先住民のアイデンティティの復興と結びつき、政治的力の源泉にもなっているので、今後、調査が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの調査では、当初の想定に反し、漁民の間での糸満方言の継続利用、沖縄県下でのシマクトゥバ活用の諸運動の展開、アイヌ語学習への意欲、ハワイでのローカル性の表出としてのピジン言語の役割など、言語とアイデンティティがいまだに直結して構想されていることが判明した。すなわち、言語モデルとして、ヴァナキュラー論がいまだに有力だと解釈できる。しかし、そのような解釈は正しいかどうか、疑問の余地がある。なぜなら、ヴァナキュラー論では、言語とアイデンティティとの関係は自然化されているが、前述した例では、石垣市の漁民のケースを別にすると、すべて人工的力により関係を創出しようとしているからである。それらを、言語復興ということばで表現しているにすぎない。復興ではなく人工的であるからこそ、それらは創出ともいえるのではないか。すなわち、21世紀において、一見、ヴァナキュラー論モデルが継続しているようにみえても、継続という概念とは異なった過程を内包しているのではないか。つまり、現在、フィールド調査により判明している現象をヴァナキュラー論モデルの継承として捉えず、ヴァナキュラー言語がその原初的機能を失ったときに登場するという意味で、ポストヴァナキュラー論の言語モデルといえるのではなかろうか。 以上の仮説のもと、最終年度にあたる平成26年度では、実地調査を継続し、以上の仮説の妥当性に関して熟考する作業が必要である。計画段階では、平成26年度は研究成果の発表年として位置付けていた。具体的には、研究予算を国際学会での発表に充当することを想定していた。幸い、平成26年5月15日から18日まで、IUAESと日本文化人類学会の合同国際学会が千葉県幕張で開催されるので、そこでの発表を計画している。したがって、予算は継続調査が必要な、沖縄県と北海道での調査に振り当てる。
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