研究課題/領域番号 |
23521010
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研究機関 | 熊本学園大学 |
研究代表者 |
萩原 修子 熊本学園大学, 商学部, 教授 (60310033)
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研究分担者 |
飯嶋 秀治 九州大学, 人間環境学研究科(研究院), 准教授 (60452728)
西村 明 鹿児島大学, 法文学部, 准教授 (00381145)
山室 敦嗣 福岡工業大学, 社会環境学部, 准教授 (90352286)
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キーワード | 水俣 / 宗教 / 儀礼 / 民俗 / 社会 / 環境 / 出産 / 再生 |
研究概要 |
本研究は、水俣病事件に暴露された多様な被害者の「再生」可能性の淵源を見出すために、「普通の」人々の生から死への民俗論理を理解することを目的としている。とくに、事件当初より被害の甚大であった「茂道」部落に焦点をあて、その地域における基礎資料を分担者で読み込む研究会を行ってきた。そして、同時に、分担者がそれぞれ担当する環境と生業、社会(行為・意志決定システム)、死や慰霊儀礼、出産(再生)に関する現地の基礎資料を収集しつつ、知見を共有してきた。基礎資料の読み込みと、問題を捉える枠組みを探っていくために、多様な分野のアプローチを互いに紹介してきたことで、当初は見えてこなかった新たな問題系も、射程に入れていく必要性も感じてきた。 こうした研究会に加えて、各自、現地での聞き取りも開始している。最初は「茂道」に詳しい飯嶋が案内してくれることで、現地の方へあいさつし、聞き取りの協力依頼をし、その後は各自がインフォーマントを辿りながら聞き取りを行っている。例えば、代表者の萩原は、出産について地域の儀礼の資料を集め、それを聞き取りとつき合わせて検討している。そして、インフォーマントの多様さと聞き取りした内容によって、出産の形態自体に女性やその家族、時代の多様な生き方の選択が表れていることに気づき、「出産」の射程を広げる必要性を感じてきたところである。 このように、基礎資料の読み込み、分析枠組みを分担者で検討し、現地調査も始めたことにより、想定していた「茂道」における問題系や被害の多様性が、実際のところどうであるかを検討し、それを整理するための手がかりを見出してきた。また同時に、分担者各自が、それぞれの学会報告によって、調査方法の新たな示唆や分析枠組みを検討しているところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
実績報告のところで記述したように、基礎資料の読み込みや、定期的な研究会は実施してきたので、着実に水俣病事件における基礎的な資料を収集し、それら知見を分担者で共有してきた。そして、可視化されなかった人々の日常の論理を理解するための、現地における聞き取り調査を累積しているところである。しかし、水俣病事件は現在進行形で動きがあるため、複雑な人間関係における聞き取り調査は慎重さが必要とされる。そのため、各分担者によって、インフォーマントの獲得などに多少困難をきたしたりすることがあった。その結果、各分担者によって多少進捗状況が異なっていると言える。 たとえば、飯嶋は、以前より当該地域を研究対象としてきた経緯があり、インフォーマントとのラポールも築かれていて、定期的な聞き取り調査を積み重ねている。代表者の萩原(出産担当)も聞き取りを重ねているが、とくに胎児性水俣病の問題もあり、慎重に進めている。これは分担者全員の課題でもあるが、聞き取りを収集したいインフォーマントが<加害/被害><被害者団体の所属><認定/未認定>などを含めた非常に複雑で多様な立ち位置にあるため、聞き取りの方法や時期などを慎重に探りつつ行うことが要求されるのである。 山室は、原発関連の研究も並行しているため、そちらの知見も活かしつつ現地調査を開始しているが、やはり原発関連の調査は急変する政治情勢によって突発的に拘束される時間が長くなるため、水俣での現地調査にかける期間が相対的に少なくならざるを得なかった。西村は半年、ハワイ大学にて在外研究を行っていたため、水俣での聞き取り調査は実施できなかった。とはいえ、「慰霊」に関する研究は学会報告などで多様な示唆を得て進捗している。 このように、基礎資料の共有や分析枠組みへの進捗は着実なものの、現地調査が当初の予定よりやや遅れている状況と言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後はこれまでの基礎資料や共有してきた知見によって、各自現地調査を行い、各自が担当する専門分野の資料を増やしていき、生から死へいたる日常の民俗論理を描きだしていくことを目指す。現地調査では、進捗のところで記述したように、複雑で多様な人間関係の中でインフォーマントを獲得し、広げていく上での慎重さが必要である。そのため、多少行きつ戻りつしながらの時間も組み込みつつ、安定したラポールのもとで、多様なインフォーマントから民俗論理を描く資料を得たいと考えている。インフォーマントの立ち位置に偏りが生じた場合、どう乗り越えて、多様なインフォーマントから聞き取りをしていくことが可能かは、分担者同士で情報も共有し合いつつ、行う。また、もし偏らざるを得ない場合は、どういう形で分析するのが妥当かも検討していくことが必要である。 また、各自の現地調査に並行して、これまで通り定期的な研究会を行う。そこで、各自の進捗を確認し、共有する知見を拡大しながら、「茂道」部落における民俗論理の概要(たたき台)を書き込んでいく作業を行う。そのたたき台としての民俗論理は、これまでの分節化された学問領域を互いに越境していくような形で、その後、さらに各専門分野と交錯させて「人間の生から死」という視点から描けるものに錬磨していくことを目指す。そうした民俗の論理において、「水俣病事件」を引き受け、そしてそれを乗り越えようとしている民俗の「再生する力」を見出していく。 これらの成果が一定の形になり次第、現地でその知見を報告し、応答をいただき、その上で、知見の修正や分析の再検討を行う。さらに、各自が所属する社会学会、人類学会、宗教学会などで報告することで、各専門分野との応酬を行う。こうして、机上の空論に絡めとられない生きる為の学問として、現地とともに鍛えた「学問」そのものも、「再生」を目指している。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究費は今後の推進方策で記したように、現地調査と研究会の実施にかかる費用が主になる。 各分担者は各自の日程調整にて現地調査を行うため、定期的な単発の調査か集中的な調査かのいずれかで旅費費用が計上される。各自の現地調査において、水俣の市内での細かな移動では交通機関が少ないため、タクシーなどの移動が多くなる。また、現地での聞き取り調査が不可欠のため、協力者への謝品などが使用される予定である。 研究会の実施について、年間計画通り4回は実施するため、開催場所が福岡か熊本あるいは水俣として各自の旅費が計上される。なお、分担者の西村は平成25年4月より東京に異動になったため、水俣の現地調査や研究会出席にかかる旅費が九州在住の他の分担者より多く計上されている。 そのほか、これまで通り資料収集を行い、聞き取り調査などのデータ収集や記録のために必要な物品費も計上される。 そして成果がある程度形になり、現地で報告を行うことが次年度に可能となれば、報告書を作成する費用も必要である。その報告書をもとにした知見を各自の専門学会にて報告することも予定しているため、各分担者の所属学会で開催される報告にかかる旅費も必要になると思われる。
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