本研究は、事業体課税の考察枠組みを利用して、年金制度や社会保険制度、さらには国や地方公共団体自体を大きな意味での事業体とみて、その出資ないし拠出(税や社会保険料など)と利益分配(公的給付)、さらには私的年金などの私的給付まで取り込んだ包括的課税モデルを探ろうというものである。 本年は、税と公的給付、私的給付上における人的資本の取扱いを中心に、制度間の食い違いに焦点を当て、検討を行った。前年度の研究成果として、社会保険と私的保険の重複的非課税が逆の富の再分配(富裕な者がますます富裕になり、貧しい者がますます貧しくなるという、いわゆるマタイ効果)を引き起こしていることを指摘したが、本年の研究によれば、給付側の側面、つまり税と社会保障給付を合わせて受給者の生活保障を図る場合に、ますます受給者の状況を悪化させる(貧困の罠に類似した)罠効果が存在することが判明した。例えば、離婚後に支払うべき扶養料を支払わなかったとしても、いわゆる債務免除益・消滅益課税が存在しないこと、支払扶養料に支払者側の控除が認められておらず、かつ受領者側に課税がないこと、児童扶養手当の計算上支払扶養料が考慮されることから、私的な扶養料の支払いと現行税・社会保障の下では、婚姻維持よりも離婚を有利に取扱い、かつ私的当事者間の扶養料を支払わないよう、バイアスがかかっていることが判明した。 以上のような状況は、社会保障・税番号(いわゆるマイナンバー制度)の整備とともに改善されるような性質のものではなく、消費支出とは何か、ひいては所得とは何かを、再考すべき時機が到来していることを示している。所得計算上収入側と支出側の双方で同様の取扱いを行うことを念頭に、所得概念論の再構築が必要である。
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