研究課題/領域番号 |
23530077
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
大久保 隆志 広島大学, 法務研究科, 教授 (20346472)
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キーワード | 任意捜査 / おとり捜査 / 偽装捜査 / 自己決定 |
研究概要 |
本研究は,裁判員制度の施行に伴い,従来の捜査手法が大きな壁に直面しているとの認識のもと,捜査手法の理念に沿って個々の捜査の限界を明確にし,これを通じて,その限界を根拠付ける指導理念を明らかにすることを目的としている。 そこで,本年度は,非供述証拠の獲得,取り分け,偽装を利用した捜査について検討することとした。 その結果,消極的な偽装型捜査ないし秘匿型捜査については,第1に,その被侵害利益は,自己決定を中心としたプライバシー侵害が核心であること,第2に,消極的な偽装型捜査における法益侵害は,必ずしも重要な権利・利益の侵害とは言えず,原則として許容範囲内とされ得る場合が多いこと,第3に,その他の権利・利益の侵害は,プライバシー侵害に比べて極めて軽微であるか又は殆ど想定する必要がないこと,したがって第4に,消極的な偽装型捜査は,その必要性を肯定することができる限り,原則として容認可能であって,全体として許容する余地がかなり大きいことなどを明らかにすることができた。 他方,積極的な偽装型捜査ないし狭義の偽装型捜査についても,第1に,その被侵害利益は,自己決定を中心としたプライバシー侵害が問題となるが,ここでは,単に自己決定が「利用」されるにとどまらず,捜査機関によって意図的に「操作」されるので,その法益侵害は消極的な偽装型捜査に比べて大きいものとなり易いこと,第2に,この場合,単に自己決定の侵害にとどまらず,これを越えた期待等の法益侵害を想定できる場合もあり得るので,これらについても十分に配慮する必要があること,したがって第3に,積極的な偽装型捜査は,消極的な偽装型捜査に比べて法益侵害が大きく,その許容範囲が限定されざるを得ないこと,第4に,それにもかかわらず公益との比較衡量によって,積極的な偽装型捜査も,なお許容される場合があり得ることなどを明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
初年度における供述証拠をめぐる任意捜査の限界の検討に引き続き,今年度は非供述証拠の獲得をめぐる偽装型捜査の限界を検討することによって,そのような捜査も一定程度は許容することができるとの帰結を得ることができたので,それなりに進展したものと考えている。 しかしながら,仮に偽装型捜査が許容されるからといって,そのような捜査方法は,捜査機関に対する市民の信頼を損なう可能性があることを認めざるを得ない。したがって,刑事司法全体からみて,法政策としてこれを容認するべきではないと考えることも十分に理由がある。それ故,偽装型捜査の許容性とその限界については,法政策的な観点からも一層慎重な検討が必要であると考えられるが,この点については将来の検討課題とせざるを得なかった。その意味において,やや不十分であったことは否定できない。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である今年度は,任意捜査の限界について新たな指標を見出すことを目標としておきたいが,そのために,まず,任意捜査の限界に関する従来の問題点を再検討した上,意思的要素を中心とすべきか客観的な利益衡量を中心とすべきかについて重ねて検討し,仮に後者に重点を置くとすれば,従来の衡量バランスが果たして等価交換と言えるものであったかどうか,むしろ衡量できないものを価値的に等価とみなしていただけではないかとの疑問を解消することによって,新たな指標の契機を見出すように努めたいと考えている。そこで,任意捜査の枠内で,取引型(等価型)モデルと抑圧型(侵害型)モデルとの二類型を想定した上,いずれにおいても価値規範による評価によって衡量してきたことを明らかにするとともに,そこで用いられる価値規範の判定基準は,結局のところ,「適正」ではないかという疑問について,本年度に積み残した疑問点との関係を含めて,これを解消するように努めたいと考えている。 以上の検討を経て,任意捜査の限界について新たな指標ないし基軸を見出すための示唆を得ることができれば,当面の目標は達したものと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまで不十分であった文献資料の収集等のほか,その整理検討に利用するパソコン関係の設備の更新等のために研究費を使用する予定である。
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