本年度は、トロント大学法学部の客員研究員として1か月間トロント大学に在籍し、集中的に関連文献の収集と文献の読み込み、判例分析を行った(なお、滞在にあたっては、石井記念証券研究振興財団からの助成も得た)。滞在中、これまでの同大学での図書館での文献調査では探す見つけることができなかった比較的古い書籍や会議資料等を入手し、インサイダー取引規制の導入や変遷に関する学説や証券委員会の考え方を検証することができた。 また、トロント大学に滞在中、法学部のLee教授及びAnand教授と面会の機会を得た。特に、Anand教授のご厚情により特別に参加した証券法の講義では、インサイダー取引が扱われ、規制の体系を明快に理解することができた。また同時に、これまで様々な文献で読んできたインサイダー取引規制に対する自分の理解が概ね正しいことを確認した。 本研究は、これまで我が国で紹介されることがなかったカナダにおけるインサイダー取引規制の概要を明らかにした点で意義を有する。カナダは、わが国よりも25年ほど前に、制定法においてインサイダー取引を規制した国の1つである。米国とは異なり、規制の目的を公共の利益や市場の公平性に置く点はわが国と等しい。しかし合法的なインサイダー取引として、内部者の取引を一定の範囲と手続きの下で認め、内部者の取引情報を有益に市場に還元させている点は、わが国の実態と大きくかい離している。他方で、違法なインサイダー取引規制の規制枠組みはわが国と非常に類似する。ただし、わが国とは異なり、プリンシプル的な、抽象的な要件を規定するに止まる。なお、違法なインサイダー取引は会社法や刑法においても規律され、証券法には民事責任規定もある。しかしその効果はいずれも違法なインサイダー取引の抑止に止まる。最終年度の研究成果は筑波ロー・ジャーナル17号及び18号に掲載した。引き続き同紀要で成果の公表を行う。
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