本研究においては、民事執行の様々な分野で生ずる、実体的請求権の存在やそれへの依存関係だけでは説明できない執行を、事後的な「起訴責任」の分担という手続的概念を仲介することによって正当化する理論につき検討した。従来、起訴責任論は、既判力の範囲と執行力の範囲のズレについて、「抗弁事由が希少であること」から事後的に正当性を主張する手続を債務者に負担させても良いとの観点から論じられている。我が国においても、「抗弁事由の希少性」や承継人に対する請求の「有理性」などの実体的要素が「起訴責任」転換のポイントとなっている。 本研究においては、この転換が実体的要素から導かれるのではなく、「起訴責任」(訴訟だけでなく、他の手続も含むという意味で起動責任)の分配が正当であることから実体権が確定的でなくても執行を認める---手続をいったん進行させる---という観点について検討した。 例えば、特に近時民事執行法において規定された債務者不特定執行文は、債務者とすべき承継人等を特定しないまま執行時の占有者に対する明渡執行ができる旨の執行文を付与し、強制執行の正当性の確保を現実に執行を受ける者からの申し立てによる手続保障にまつものと考えられるが、これは債務者が不特定であるまま執行手続を進行させることにより、執行を受けるものからの不服申立てを誘発して実体的正当性を確保しようとするものであり、執行文自体が実体的正当性を確保するものではないと考えられる。この債務者不特定執行文と過怠約款を内容とする債務名義に基づく強制執行の単純執行文とを比較すると、起訴責任の観点からは手続的な不備があることなどが判明した。
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