研究課題/領域番号 |
23530134
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研究機関 | 福岡工業大学 |
研究代表者 |
大河原 良夫 福岡工業大学, 社会環境学部, 教授 (70341469)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 生命終期 |
研究概要 |
本年度は、<死>の問題における二つの重大局面をとりあげ、自己決定を分析概念として、生命終期における治療中止と安楽死の問題(終末期法)と臓器移植医療における臓器摘出(提供)(同意推定法)について、わが国に先行するフランス1976年臓器摘出法や2005年終末期患者権利法によって蓄積された実績・議論を立法過程における議事録や研究論文・学説や裁判判例を総合的に検討する基礎的作業を行った。つまり、生命倫理における<死>の重大二局面としての、生命終期と臓器摘出との二つの場面において、自己決定権が、医師との関係、医療公益との関係で、それぞれどのように尊重されているかを、次年度以降(本論)へのそれらの比較検討の前提として、明らかにする作業である。意識がない生命終期患者ないし拒否意思を表明していない臓器提供者の利益のために用意されているフランスの制度ないし法的枠組み(終末期法と臓器摘出(同意推定)法)は、(1)彼らの意思(利益)をどう捕捉するか、(2)誰が同意・拒否(自己決定)権者となるか、(3)彼らのように自己決定をしていない場合、彼らにとって本当に利益となるか、他者決定(立法・医師)で守ろうする本人利益とは何か、或いはそれに優先する利益があるのか――これらは根本的な問題だからである。だが、フランスの現行法でも必ずしも明らかではない。この同意推定法の下では、常に沈黙は同意と見なされるので、死後の身体は社会に差し出されることになる。ただ、死にゆく者であっても、その自己決定が一律に否定されるわけでなく、同意や拒否の意思表明している場合は尊重されるという限りで、同意(拒否)が必要であるとして、同意原理を彼らにも妥当させる。こうした実定条文だけからは上記問題は解決されないので、まずは、その起源を遡り立法過程における議事録等を辿って明らかにしつつ、かつ、積極的安楽死法が可決寸前まで行った新展開の後付けを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一年目の本年度は、<死>の問題における二つの重大局面、すなわち、自己決定を分析概念として、移植医療における臓器摘出(提供)(同意推定法)と生命終期における治療中止と安楽死の問題(終末期法)を、その双方に目配りしつつ、わが国に先行してこれらの問題処理を行ったフランス1976年臓器摘出法や2005年末期患者権利法の検討分析と、その実際の運用状況を丹念に辿る基礎的作業を行うものであった。 生命倫理における<死>の重大二局面、臓器摘出と生命終期の場面の、どちらかというと、後者により重点が置かれたといえようが、まさに現在も常に動向をやめることのない問題状況の中にあって、概ね順調に進んでいるといえよう。というのは、第一に、生命終期の研究推進の過程において、フランス国内で、その終末期法(これは消極的・間接的安楽死を扱う)について、それをよりいっそう前進させる形での、積極的安楽死法が上院・委員会を通過し可決寸前まで行った新展開があり、あわせて、同じ方向を指向するヨーロッパ・レベルでも、同市民による積極的安楽死を求める訴えに対する欧州人権裁判所の判決もあり、それらの後付けを行う作業が必要となった。また第二に、臓器摘出の場面では、«De la fin de vie au prélèvement d'organes»という医師による論文で、生命終期と臓器摘出との間の「移行医療」という新概念が登場し、生命終期においても臓器摘出においても、従来の法的枠組み(上述の(1)~(3)の同意推定や本人利益や優越的利益等々)の見直しの議論がなされようとしている状況がある。問題が多岐にわたり、急速に進展している中で、本年は活字とするには至らなかったが、これらの課題を綜合するのが来年度以降の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、上述のように、本年の研究を承けて、生命倫理における<死>の二局面としての、生命終期における治療中止と安楽死の問題(終末期法)と移植医療における臓器摘出(提供)(同意推定法)の問題との双方に目配りしつつも、その双方に間にある問題をあつかい、かつ、徐々に前者から後者により重点を移行させてゆかねばならないであろう。 現行の推定同意システムの具体的内容とその法的構成及び問題点をまず取り上げる。次に、同じように自己決定してない場合の問題として無能力者の問題(代行判断(同意の推定)、同意の限界ないし免除・省略の法理)と、自己決定すべきときに自己決定できない場合の問題として生命終期患者の問題(事実上の無能力)との関係を念頭に置いてそれに目配りしつつ、死に際の意思の尊重度合いの観点から、それらの比較検討を行わねばならないであろう。そうしたことが必要となるのは、もっぱら同意無能力者の同意の問題は、<患者の推定的意思を考慮するから、患者の自己決定権を尊重している>という従来からの図式で正当化されるからである。しかし、(1)そもそも無能力者の意思(同意・拒否)自体が存在するのか、推定的意思をどう認定するか、さらに、(2)同意の代行を認める、自己決定権を他人が代行することに問題はないのか、患者の実際の意思と推定的意思(代行判断)の不一致の可能性はないか、そして事前の意思表示、家族の役割いかんの問題もあろう。(3)また、それを認める理論的根拠ないし実際的メリットは何か。自己決定無能力者の場合、同意能力が欠如あるいは不十分だから、患者の利益を保護するためとされているが。これらの問題は、古典的な問題に対する対応と新たな問題への対応とが含まれるが、臓器摘出の場合と対応している。次年度以降は、このような研究課題の遂行を予定している。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究は立法・判例・学説の実証的研究(文献研究)であるため、その目的を達成するため、とりわけ最新文献資料・データなどの基礎文献の収集・充実がまず不可欠であり、また、その文献研究を基礎づけ・肉づけるための現地調査・研究交流・学会参加等のための外国出張費の計上を行っている。そこで次年度は、前述研究課題の進行・進化の必要上、外国出張は国際学会参加よりも、現地フランスでの文献調査・研究交流を中心とするものになる。 すなわち、文献調査・収集・閲覧は、仏国立図書館BNFやパリ大学各図書館等において、法学関係はCujas、医学関係はDescartes、哲学倫理学はSorbonne等にて、これを行い、現有していない仏議会議事録、仏医師会雑誌、仏医事法・生命倫理学・哲学雑誌・判例集等々を実際に手にとって現地の最新情報を収集する。また、外国法・比較法研究のため、フランスの共同研究協力者らからの上記についての専門知識・資料の提供、情報交換収集等の研究交流の推進・開発が必要不可欠であり、さらに関係コローク参加、1976年来の臓器摘出法(推定同意システム)の実際の運用状況と問題点、2002年患者の権利法及び2005年末期患者の権利法(終末期法)の立法実施状況の実情調査・現地視察等もあわせて行う予定である。
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