本研究は、多文化主義政策をめぐる錯綜した議論を整理し、多文化主義の正当性にかかわる最も重要な批判を集約するともに、これらに応答するために<多文化主義の再定義>を行い、これをふまえて、批判への応答の可能性を検討するものである。三年目にあたる平成25年度は、第一に、昨年度に引き続き、資料・文献収集の作業を継続し、また主要国の多文化主義をめぐる論争の最新の状況を、近年の諸研究を利用して概観した。これらの作業をふまえつつ、25年度は、公共空間の宗教表現のニーズやジェンダー差別をはらむマイノリティ文化の処遇などの問題を中心に、多文化主義政策と自由民主主義の原理との緊張関係をめぐる論争の検討を行った。またこれと並行して、多文化主義の理論の再構成の作業を継続した。これらの検討をとおして、多文化主義の擁護のためには、文化の内在的価値を前提としてその保全を中心とする立論には限界があり、これを他のアプローチによって補う必要があるとの知見を得た。 本研究の全体の成果は以下の通りである。上述の課題に対して、研究開始時点においては、適切に再構成された多文化主義が一定程度の説得力をもって、重要な批判に応答できるという作業仮説を持っていたが、錯綜する多文化主義の論争状況を分析するなかで、多文化主義を擁護する多様な言説を、単一の原理に統合したりするのではなく、むしろ、それらがマイノリティの直面する問題状況の異なる側面を主題化するものであると理解し、多文化主義をめぐる複数のアプローチが相互補完的に存在すると理解すべきであるとの知見を得た。これにもとづいて、多文化主義の「複合的アプローチ」を構築するという着想を得てその骨格を理論化するとともに、批判への応答の可能性を分析した。
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