研究課題/領域番号 |
23530215
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
大瀧 雅之 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (60183761)
|
キーワード | 新古典派ミクロ動学理論としてのケインズ経済学 |
研究概要 |
前年度は価格の伸縮性を前提とした動学的ケインズ経済学の基礎理論の構築に成功した.本年度はそれを応用し,国際経済学および経済成長理論の新たな地平を切り開いた.具体的な成果は,12本の英文国際学術雑誌(すべて査読つき)に掲載された論文である.これらの理論的拡張は,基礎理論の構築自身を目的とした本助成金申請時には,未だ遠く思われたものであるが,昨年度既に「研究の目的」に記した研究成果を十分達成したため,またそうした知的営為により申請者自身の理論に対する理解が一層深まったため,予想以上の実績を残すことが出来たと考えられる. より具体的には,国際経済学の分野では,(i)まず動学的ミクロ経済学的基礎を持つ変動レート制下のマクロ経済理論の構築に成功し,それを基礎に,(ii)資本移動が自由で労働移動が困難な二つの経済における最適通貨圏の必要性(アジアにおける通貨統合の可能性を考える上で示唆的である),(iii)ユーロに見られるような地域的かつレートの改定を許さない固定レート制の維持可能性(ユーロ圏における財政規律の問題を考える上で有用な視座を与える),(iv)変動レート制下における対外直接投資の国民経済への厚生経済学的含意(現在の日本における労働市場の軟調・趨勢的な円高の原因およびそれが国民の利害とどう関わっているかを理論的に分析している),(v)基軸通貨の経済的役割(アメリカ経済の実態が基軸通貨の維持といかに関連しているかは,将来の日本のあり方を考える上でもきわめて重要である)の理論構築に成功した. 経済成長理論では(完成は来年度を待つが),(i)企業家の「アニマルスピリット」すなわち将来利潤に関する自己実現的期待が経済成長の原動力となりえること,(ii)貨幣を含むケインズ的経済成長理論では,必ずしも成長により経済厚生が高まるとは限らないことを示した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
昨年度,当初の目的である『貨幣・雇用理論の基礎』(勁草書房)で基礎理論を完成させ,かつ予定にはなかった,理論の現実経済への応用の書である『平成不況の本質:雇用と金融から考える』(岩波書店)間でも上梓することができた. 本年度はそれを上回る実績で,これまた当初の研究計画にはなかった国際経済・経済成長各理論への拡張が,極めて順調に進捗している.掲載予定を含めると計15本の論文を国際英文学術誌(すべて査読つき)出版し,来年度はこれらを和文・英文の書物にまとめることがほぼ出版社との間で決まっている. さらに昨年度は,International Atlantic Economic Society のMontreal大会,Asian Pacific Economic AssociationのSeattle大会,Western Economic Association Internationalの東京大会に参加し,自ら構築した理論の普及に努めるとともに,座長・討論者をすべての大会で勤め,多くの海外の知己を得ることができた.さらに,Friedrich-Ebert財団からThe Economy of TomorrowというDelhiで開かれたコンファランスに招待され,炭素税と排出権取引の是非について講演した.
|
今後の研究の推進方策 |
本研究計画の最終年度となるので,未だ途上にある経済成長理論の論文を何本か学術雑誌に掲載させることはもちろん,総括として最低でも英文・邦文の理論書一冊を上梓するか,あるいはその目途を付けることにしたい.出版社(洋書は現在審査中・和書は確定)もほぼ決定し順調な進展が見込まれる.さらに英文で,本研究で開発した理論を現実の日本に関する政治経済学的分析(和文の『平成不況の本質』をより高度にしたもの)を上梓する意思はないかとの打診もあり,これもできれば,本年度中にある程度のめどを付けたい. さらに本理論の開発過程で,環境経済学(特に経済成長理論との関連で)をまなぶ必要があることを痛感したので,学術的視野を広げる意味でも,挑戦したいと考えている.なお既にこの試みは昨年度から始まっており,出版された論文のうち一本は地球温暖化防止に対する炭素税・最適な社会的割引率の理論的関連を明らかにしたものである.またFridrich Ebert財団のコンファランス報告論文も炭素税と排出権取引の長短を論じたものであり,将来ある程度まとまった体系的な研究ができるのではないかと考えている.
|
次年度の研究費の使用計画 |
ケインズ全集が内容を充実させて新たにCambridge University Pressから出版されたので,これに約10万円必要である.パリで開かれるInternational Energy Workshopで論文報告が受理されたのに加え,未定だが構築した理論の国際的普及のための海外出張一回を加え,旅費として約50万円である.残り約10万円は,英文の校閲料ですべて費消される予定である.
|