研究課題/領域番号 |
23530235
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
若森 章孝 関西大学, 経済学部, 教授 (60067725)
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キーワード | フレキシキュリティ / 移動的労働市場 / デンマーク・モデル / ドイツ・モデル / 欧州債務危機 / 社会的投資国家 / 新しい社会的リスク / ポスト工業化 |
研究概要 |
平成24年度の研究は、とくに2008年秋以降の欧州債務危機が加盟各国の労働市場に深刻な影響を与えている状況のもとで、柔軟性(解雇保護法制の硬軟+継続的職業訓練)と保障性(積極的労働市場政策と継続的職業訓練)のそれぞれの程度によって分類されたフレキシキュリティの5つの型、北欧型、アングロサクソン型、大陸欧州型、南欧型、東欧型がどのように機能しているのかについて調査し、「フレキシキュリティの多様性とデンマーク・モデル」についての研究を推し進めた。 調査研究によって確認できたことは、第1に欧州経済危機が労働市場に与えた多様な影響は高い柔軟性と低い保障性によって特徴づけられるアングロサクソン型、低い柔軟性と中程度の保障性(強い解雇保護)によって特徴づけられる南欧型、相対的に高い柔軟性と低い保障性によって特徴づけられる東欧型においてより深刻であったこと、第2に経済危機において最も有効に機能したのは低い柔軟性と高い保障性によって特徴づけられる大陸欧州型であって、高水準の柔軟性と保障性によって特徴づけられる北欧型でないということ、第3に柔軟性と保障性の相互促進的補完関係よりも、若年労働者の高失業率や非正規雇用の増大など、柔軟性の拡大が保障性の拡大をともなわないようなトレードオフの関係がEU全体で進んだ結果、フレキシキュリティのバランスは柔軟性に大きく傾いたこと、第4にEUの加盟各国で積極的労働市場政策のなかの人的資源投資支出が減少し、就労支援などの労働力再商品化支出が増加していること、の4点である。 以上の確認された事実から出発して、経済危機におけるデンマーク・モデルの機能のしかた、大陸欧州型を代表するドイツ・モデルが経済危機においてより有効であった理由、フレキシキュリティの政策理念を発展させるうえでの移動的労働市場アプローチの有効性について理論的に政策的に考察した研究をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第1に、経済危機におけるデンマーク・モデルの機能を調査した結果、このモデルがマッセンによって定式化された中央レベルにおける黄金の三角形モデル(緩い解雇規制、手厚い失業給付、積極的労働市場政策)に加えて、地域や企業のレベルにおける労使交渉による同職の保障と内的数量的柔軟性(労働時間の短縮)というもう一つのフレキシキュリティを備えていることが明らかになった。この2つのフレキシキュリティから構成されたデンマーク・モデルは、ドイツ・モデルと比べると劣るとはいえ、経済危機において劣化したのではなく確かに機能している。 第2に、失業率を減少させたドイツ・モデルは職の保障と(政府補助金による)大規模な操業短縮による労働時間短縮(内的数量的柔軟性)の組合せが経済危機においてはデンマーク・モデルよりも有効であることを示した。この事実は、デンマーク・モデルが欧州委員会によってEUの雇用戦略の主柱であるフレキシキュリティ政策のローモデルとされていることに反省を迫るものである。 第3に、EU27の加盟国において、低技能者や若年者の失業率と非正規雇用率が著しく高まっていることに見られるように、柔軟性と保障性のトレードオフが顕在化していて、両者の相互促進的関係を強調するフレキシキュリティの理念が空虚なものになっている。また、積極的労働市場政策の要素の一つである人的資源投資は各国で減少傾向にある。このようなフレキシキュリティの現状を打破する方法として、シュミットやガゼィエによって提唱されている移動的労働市場アプローチが注目される。このアプローチは、グローバル化とポスト工業化における人的資源の劣化というリスクに対応することを主眼としながら、柔軟性と保障性のそれぞれの多元的次元のあいだの好循環を作り出す労働市場改革を提案している。欧州委員会もこのアプローチを取り入れようとしている。
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今後の研究の推進方策 |
第1に、フレキシキュリティの多様性については北欧や大陸欧州についての調査は進んでいるが、南欧やアングロサクソンの調査は進んでいないので、この分野の研究を専門の研究者を招く研究会を数度開催して推し進める。 第2に、経済危機におけるデンマーク・モデルについての研究を進展させるために、マッセンよりも若い世代のオールボー大学およびコペンハーゲン大学の研究者と研究上の交流をおこない、デンマーク・モデルの普遍性と特殊性についての研究を仕上げる。 第3に、ガゼィエ(パリ第1大学)やシュミット(ベルリン社会科学研究所)との交流を通して、フレキシキュリティを構成する柔軟性と保障性のさまざまな要素のあいだの補完的関係と好循環を組織するうえで、移動的労働市場アプローチ(保護された移動と職の分かち合いによる、より多くのより質の高い職の創出)が有効であることを理論と政策規範の両面において明らかにする。 第4に、大企業の雇用保障が揺らぎ、非正規雇用が雇用の35%にも達している日本では将来への展望のないままに雇用保護法制の緩和による労働市場の流動性は推進されようとしているが、このような日本の労働市場の現状と規制緩和の動向にとって、EUのフレキシキュリティ政策およびデンマーク・モデルが有する政策的インプリケーションを明らかにする。 第5に、3年間の「フレキシキュリティの多様性とデンマーク・モデル」についての研究を冊子でまとめるとともに、研究代表者(若森)はフレキシキュリティ研究を含む著作『21世紀の社会経済と国家』を刊行する予定である。また、2005から2008年までのフレキシキュリティ文献目録はすでに作成済みであるが、2008年の経済危機から2013年までのフレキシキュリティおよび移動的労働市場アプローチに関する外国語と日本語の文献を調査し文献目録を作成し、ホームページで公開する予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
第1に、依然として続いている欧州経済危機のもとでのフレキシキュリティ政策の機能を検証するデータと文献を手に入れ、欧州の労働市場政策研究者と意見交換を続けながら、フレキシキュリティと移動的労働市場アプローチに関する内外の研究文献のデータベースを構築する。 第2に、フレキシキュリティの多様性とデンマーク・モデルの普遍性および、EUのフレキシキュリティ政策のわが国の労働市場改革へのインプリケーションに関する研究会を専門的研究者を講師として招いて京都と福島において開催する。 第3に、研究協力者の支援をえながら、「フレキシキュリティの多様性とデンマーク・モデル」に関する研究成果を冊子およびホームページで公表するとともに、2005年から2014年までのフレキシキュリティ文献を作成しHPで公表する。 第4に、研究代表者(若森)は専修大学で開催される経済理論学会全国大会において「フレキシキュリティと移動的労働市場」について報告する予定である。
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