EU労働市場のフレキシキュリティ(柔軟性・保障性)の多様性とデンマークモデルの普遍性および特殊性を明らかにし、日本の労働市場改革への指針を引き出すことが本研究の目的であったが、実施した研究によって特に次の点が明らかになった。 第1に、欧州経済危機はフレキシキュリティの多様性によって識別される各国の労働市場に応じて異なる影響を与えた。失業率、若年失業率の上昇から見て最も深刻な影響を受けたのは高い柔軟性と低い保障性を特徴とするイギリス、アイルランドで、影響が一番小さかったのが高い保障性と低い柔軟性によって特徴づけられるドイツであった。 第2に、経済危機において、デンマークモデル(高い柔軟性、高い保障性、積極的労働市場政策)よりもドイツモデル(雇用の保障、操業短縮などの内的数量的柔軟性)がより高い経済成果を示したことは、デンマークモデルを到達目標とする欧州員会の雇用戦略の指針「フレキシキュリティの共通原則」(2007)の見直しを迫るものである。 第3に、EU加盟国全体において若年者失業率の上昇や非正規雇用の増大に見られるように、柔軟性と保障性のトレードオフが顕在化し、両者の補完的関係を強調するフレキシキュリティの理念は空虚なものになっている。フレキシキュリティのこの現状を打破するものとして、柔軟性と保障性の多様な補完的関係を作り出す労働市場改革を提唱する移動的労働市場論が注目に値する。
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