研究課題/領域番号 |
23530241
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研究機関 | 西南学院大学 |
研究代表者 |
江里口 拓 西南学院大学, 経済学部, 教授 (60284478)
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キーワード | LSE / 社会市場論 / 福祉政策論 / リベラルリフォーム / ナショナルミニマム / 社会保険 / 社会進化 |
研究概要 |
LSEの社会市場論を分析するというテーマのうち,今年度は,W.H.ベヴァリッジとW.ロブソンの研究をする予定であったが,昨年度来の研究テーマ追跡の途上で,L.T.ホブハウスの福祉政策思想について先行的に研究を行った。従来,ホブハウスはニュー・リベラリズムの代表者として,いわゆるリベラル・リフォームの社会保険構想に賛同したものと漠然と理解されてきたが,実は,グリーン以降のイギリス理想主義哲学の影響下をH.スペンサーの社会進化論的に継承した後に,独自のスタンスを取っていたことが分かった。具体的には,ウェッブ夫妻らの『救貧法少数派報告』における公的扶助論にむしろ傾斜しており,ただし扶助にあたっての権利性を重視していたことが分かった。 しかし,扶助における権利性を重視するにあたって,彼ら独自の福祉社会論,すなわち自由主義的な社会進化論がベースにしかれていたことが重要である。ホブハウスは,いわゆるT.H.マーシャル的な市民権,社会権を重視したのではなく,むしろミニマム保障に抑止的な利用制限を課すことが,自立の妨げ,市民的公共善への進化の妨げになると主張していた。この裏には,非常に予定調和的な公共善への到達経路が示されており,そのことはグリーンの自由主義的な継承者としてのホブハウスの一面を表し,同時にホブハウスにおける公共性への楽観を表している。このことは,直接的にではないが,LSEにおける社会市場論の展開においても一つの画期であり,とりわけR.H.トーニのような人物を含めた社会認識へと継承されていった可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究費の受け入れを開始した,2011年度に愛知県立大学教育福祉学部から,西南学院大学経済学部へと勤務校を新しくしたという事情から,当初の1年間に遅れが見られた。具体的には,研究費の消化,文献の購入,じっくりした研究時間の確保などの面で遅れが見られた面はある。しかし,西南学院大学経済学部における担当科目も,経済思想史という本研究課題遂行に向けて非常に適切なものとなった。1年遅れではあるが,少しずつ研究環境も整い始めて来た。 研究課題の消化にあたっては,R.ティトマス,T.H.マーシャルのような20世紀中葉の福祉政策論の大人物よりも,L.T.ホブハウス,B.&H.ボザンケ,S.&B.ウェッブ,W.H.ベヴァリッジのような19世紀末から20世紀初頭の人物にもう一度,焦点を当てる必要を痛感している。特にこの領域は,研究代表者が,これまでかなりの力点を置いて予備調査を行ってきた領域でもあり,新たな視座からの研究が遂行可能であろうと思われる。 したがって,区分としては(3)やや遅れているとしたが,それは単線的な計画の遅れではなく,むしろ研究の進展における有意義な蛇行,寄り道を通じた,実は,一本の道の上での研究本来の着実な歩みであると考える。
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今後の研究の推進方策 |
上述のように,LSEの社会市場論の解明にあたっては,いわゆる社会市場論がそのものとして形成された20世紀中葉,つまりT.H.マーシャル,R.ティトマス,W.ロブソンについてではなく,19世紀末から時系列的に,S.& B.ウェッブ夫妻,B. & H.ボザンケ夫妻,W.H.ベヴァリッジ,L.T.ホブハウス,J.A.ホブソンなどを追跡していくことを通じて,課題に接近していくこととする。なそ,その過程で,ルドルフ・メイドナ-,イェスタ・レーン,グンナー・ミュルダールのようなスウエーデンにおける福祉政策論などについての比較論点も随時取り入れながら,議論を転換していく。特に,スウエーデンにおけるストックホルム大学の議論は,イギリスLSEのように社会市場論へというよりもむしろ,社会工学の色彩を強めていったようであるからである。なぜ,イギリスLSEにおいて,福祉国家におけるこうした社会工学的側面がやや後退し,社会市場論のようなイギリス理想主義の後継者バージョンにつながっていったのであろうか,という問いをたてることが有意義となってくるであろう。今後は,L.T.ホブハウス,J.A.ホブソンについての研究成果をまずは形にしつつ,その後に,W.H.ベヴァリッジについて調べていく。その上で,LSEにおけるその後継者である,W.ロブソン,R.ティトマス,T.H.マーシャルらの実像に迫っていくこととする。具体的な論点としては,理想主義哲学,生物進化論,社会進化論などの社会理論が,どのような形で影響を失い,次の市場社会論に継承されていくかがポイントとなっていくであろう。
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次年度の研究費の使用計画 |
基本的にはT.H.グリーン関係,L.T.ホブハウス,J.A.ホブソンらのニューリベラリズムおよびイギリス理想主義関係の文献購入を行うこととなる。あわせて,イギリス福祉国家およびベヴァリッジ,ロブソン,マーシャル,ティトマスらの文献も購入していく。 設備としては,PC関係の周辺機器,アーカイブ(画像データ含む)整理のための大型ハードディスクなどの機器を購入することになるであろう。 ロンドン(LSE図書館,大英図書館)などへの研究旅費,熊本学園大学における救貧法関係大型コレクションの利用(閉架図書,有料サービス)あるいは国内における研究会開催のための費用も,随時,必要となってくると思われる。
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