「経済学のフランス的起源」を解明し、経済学の生成に関するスミス中心史観を相対化することを目的とした本研究の最終年度にあたり、これまでの各年度の研究を『経済学の起源 フランス―欲望の経済思想』というタイトルで著書としてまとめた。各章の構成は以下の通り。 序章で一七世紀のフランスの新思潮が人間と社会について新たな見方を通じて富裕の科学としての経済学の源流となった次第を概説した、第一章では、ピエール・ニコルの道徳論の特徴を明らかにし、ボワギルベールがそこからどのような飛躍を遂げて秩序原理としての構成を備えた自由主義の経済学へと至ったか、また一方で、彼が一七世紀の新思潮の延長上にどのような特徴的な経済学を構築したかを論じた、第二章では、「私悪は公益」というマンデヴィルの逆説の含意をその新思潮との関連で読み解き、その歴史的意義をとくに英仏の思想的展開との関連において明らかにした。第三章では、利益追求を悪徳とみなすリゴリスムの呪縛を逃れて、経済的繁栄を求める啓蒙の課題に応えるべく商業社会の構成原理やその発展の論理を探求したアベ・ド・サン=ピエール、ムロン、モンテスキューの三者三様の啓蒙の経済学のあり方を論じた。そして第四章では、フェヌロンやマンデヴィル以降の奢侈の是非をめぐる論争の成り行きを一九世紀初頭までたどり、奢侈論争の歴史的意義、とくに経済学の理論的形成に及ぼしたその影響を明らかにした。終章では、フランス起源の経済学の「欲望の経済思想」とも言うべきその特徴について概括を試みた。 フランス起源の「もう一つの経済学の形成」を明らかにすることにより、単に経済学の多元的形成の一つのあり様を照らし出すという以上に、ヨーロッパ出自のこの新興科学の起源について、これまでとは異なるその像を浮き彫りにすることができた。
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