研究課題/領域番号 |
23530344
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
後藤 玲子 立命館大学, 先端総合学術研究科, 教授 (70272771)
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研究分担者 |
DUMOUCHEL PAUL 立命館大学, 先端総合学術研究科, 教授 (80388107)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | カタストロフィと正義、フランス |
研究概要 |
潜在能力アプローチの臨床的展開をテーマとする本研究の本年度の研究実績は3つにまとめられる。第一は、潜在能力アプローチの理論的定式化を進めたことである。第二は、理論と実践的調査を結ぶ臨床展開のフレームワークを形成したことである。第三は、広く公開の国際ワークショップ・コンファレンスを通じて、背景的な哲学に関して考察を深めたことである。以下に順にその概要を説明する。第一の理論的定式化の要は、同アプローチの提唱者であるアマルティア・センの文献の解読を基礎に、潜在能力アプローチと社会的選択理論を結びつける枠組みを形成すること、より具体的には、異なる不利性を抱えた当事者グループが自分たちにもっとも見合った「基本的潜在能力」空間を構成し、3つの規範的条件を満たしつつ、代替的な政策をランキング(グループ別評価の形成)したうえで、複数のグループ別評価を集計して社会的評価を形成するモデルを構成した点にある。社会的評価の整合性は確認された。第二のフレームワーク形成の要は、視覚障害者の移動潜在能力に焦点をあて、移動機能の量的達成と質的達成をとらえる調査の枠組みを形成した点にある。第三の背景的哲学の探究の要は、(1)フランスから『ツナミの形而上学』の作者であるデュプイ氏を招聘し、「カタストロフィと正義」をテーマとする2日間にわたる国際コンファレンスを開催したこと、(2)それに向けて3つのワークショップ(テーマは順にエコロジー・環境・貧困)を開催したことにある。これらを通じて、連続性を本質とする貨幣アプローチとは異なる潜在能力アプローチの特徴が浮き彫りにされるとともに、それを臨床的に展開するためのフレームワークを描くことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の研究計画では、本年度の到達目標は、(1)理論的定式化を暫定的に完成させること、(2)臨床的展開のフレームワークを形成すること、(3)潜在能力アプローチを用いることの背景的哲学について考察することにおかれた。上述したように、(1)については、ほぼ数理的定式化が完成し、海外の著名な学術雑誌に投稿する手はずを整えている。(2)については、潜在能力アプローチの理論的研究者と視覚障害者を交えたワーキンググループ会議を2回もち、臨床的展開のためのフレームワーク原案が作成された。(3)に関しては、当初は、アマルティア・センの文献の解釈と関連する政治哲学・経済哲学文献のサーベイを予定していたが、それらをかなり進めたうえで、カタストロフィという新たな概念のもとに、フランスの科学哲学から哲学的知見を得ることができた。このような視角から潜在能力アプローチの可能性を引き出す研究は、世界的にも皆無であり、本年度の大きな収穫である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終的な目的は、アマルティア・センの提唱した潜在能力アプローチと社会的選択理論との接合をもとに、厚生経済学の新たな理論的枠組みを提出することにある。しかも、その理論的枠組みは、机上の空論に終わることなく、現実の問題に対して、解決の糸口を提供するものでなければならないとする。 次年度の目標は、視覚障害者の移動潜在能力に関する試験的調査を実施することである。上述したように、昨年度、潜在能力アプローチに関する理論的定式化がほぼ完成するとともに、視覚障害者の移動潜在能力に焦点を当てて、それを臨床的に展開するのためのフレームワークを形成することができた。本年は、それらをもとに、第一に、異なるタイプの視覚障害者数名に対するインタビュー調査を通じて、移動潜在能力を測定するための機能リストの特定化と指標の選定を行う。また、第二に、量的調査に実施するための調査票を完成させ、部分的に量的調査を実施する。さらに、第三に、他の障害、例えば、精神疾患や慢性疼痛疾患をもつ人々の移動潜在能力をとらえるフレームワークとの比較に向けて、広く公開のワークショップを開催する。
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次年度の研究費の使用計画 |
3つの課題のそれぞれに関して必要な研究費は次のとおりである。第一の課題において、(1)異なるタイプの視覚障害者数名に対するインタビュー調査を行うための旅費・謝金など。(2)移動潜在能力を測定するための機能リストの特定化と指標の選定を行う際の専門家のアドバイス謝金。第二の課題において、(1)調査票の完成に向けて専門家のアドバイス謝金。(2)量的調査実施における協力謝金。被調査者への謝礼。第三の課題において、(1)精神疾患や慢性疼痛疾患をもつ人々の移動潜在能力をとらえるフレームワークとの比較を目的とする公開ワークショップの開催準備謝金。(2)ワークショップへの参加者の旅費・謝金。(3)ワークショップ成果に関する報告書作成のための印刷費用・協力謝金など。このほかに関連する和洋書その他の文献資料購入費、通信費、さらにはデータ解析のためのソフトなどが必要となる。なお、当初予定していた海外での翻訳謝金支払の際の送金手数料が予定より安価であったため平成23年度の研究費に未使用額が生じたが、平成24年度の謝金等にて執行する。
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