研究課題/領域番号 |
23530345
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
鈴木 智也 関西大学, 経済学部, 准教授 (40411285)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 自殺 / リアルオプション / 不確実性下の意思決定 |
研究概要 |
既存研究の理論モデルに共通するのは、期待生涯効用の割引現在価値が一定水準を下回ると人は自殺するという構造である。一般的に、期待生涯効用水準は期待生涯所得に依存し、期待生涯所得は各期における賃金の期待値に依存する。つまり、既存モデルでは、自殺の意思決定において、賃金の期待値が重要な働きをしていることになる。言い換えれば、賃金の標準偏差で測られるリスクは考慮されないのである。これが既存モデルの欠点の一つである。もう一つの欠点は、人に自殺を決定させる期待生涯効用の水準が、何ら明示的な理由もなく、外生的に与えられていることである。今年度の研究では、モデル構築にあたって、既存モデルに共通してみられる二つの欠点を修正した。 既存研究における欠点を修正するため、モデルを離散時間で有期限とした。人の寿命をT期間としたとき、T期生きることで得られる期待生涯効用の割引現在価値、(T-1)期生きることで得られる期待生涯効用の割引現在価値、…、2期生きることで得られる期待生涯効用の割引現在価値、そして、1期だけ生きることで得られる効用を導出できるようにしたのである。もし1期生きることで得られる効用がそれ以上生きることで得られる期待生涯効用の割引現在価値のいずれをも上回るのであれば、人は1期だけ生きる、つまり自殺する。修正されたモデルでは、人を自殺に至らしめる効用水準が内生的に導出され、既存モデルの欠点の一つが解消される。また、修正されたモデルでは、賃金の動きを確率過程で近似しているので、将来賃金の変動リスクが考慮されている。したがって、賃金変動リスクが人の自殺に関する意思決定にどう影響するかをシミュレーションでき、既存モデルのもう一つの欠点も解消されている。以上のように、平成23年度の研究は既存モデルに共通してみられる二つの欠点を解消することにあてられ、その目的は達成された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
交付前から既に完成していたのは、三期間モデルである。重要な帰結はこのモデルからでもある程度は導けるが、三期間で人の生涯を測るには無理がある。そこで、平成23年度には、人が労働者として約40年生きることを考慮し、40期間モデルを構築する予定であった。 既に完成していた三期間モデルは解析的に解けたが、期間を延長すると、数値的に解かざるをえなくなる。そこで、まずは三期間モデルを数値的に解くことにし、そのためのコードを作成した。三期間モデルを数値的に解いてシミュレーションした結果は、八月に本務校のワーキングペーパーにまとめられ、十月にEurasia Business and Economics Societyの会合で報告されている。 その後は期間を拡張していたが、初歩的ではあるものの重大なミスがみつかった。動学的最適化問題を解く際、解が賃金実現の経路に依存するのに、依存しないかのように解いてしまっていた。その訂正において、経路依存であることを明示するようにモデルを書き直し、計算方法を当初の動的計画法からラグランジェ乗数法に変更した。この新たなモデルと結果は三月のEastern Economic Associationの会合で報告されている。 なお、研究計画には修正を加えた。上述の通り、モデルの解が賃金実現の経路に依存するため、期間を長くする度に計算が煩雑になる。賃金経路を単純な二項過程で記述しても、T期間で2の(T-1)乗だけ経路が存在する。つまり、予定の半分である20期間モデルでさえ、52万通り以上の経路が生じる。そこで、一期間を五年に換算し、八期間モデルを構築することにした。平成23年度末現在、六期間モデルまでコード化は済んでおり、モデルの挙動に異常がないことは確認済みである。
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今後の研究の推進方策 |
早いうちに、平成23年度中に完成予定であった有期限モデルを完成させる。コード化が完了しているのは六期間モデルである。あと二期間延長し、八期間モデルを完成させる。一期間増やす毎に賃金実現の経路が倍増するため、コード化に際してエラーが出やすくなるものの、単純作業である。八期間ならば128通りの経路なので、手におえないことはない。八期間モデルのコード化が完了すれば、パラメータをデータから推定したうえで、各種シミュレーションを行う。その成果は六月に開催されるSociety for Computational Economicsの年次会合で報告予定である。 六月の学会後は、遅れを取り戻し、当初の計画に戻る。次の段階は、モデルにおける家計の意思決定を三段階にすることである。今のモデルでは、家計には、労働して生きるか、自殺するかの二通りの選択肢しかない。そこで、働かずに生きるという三つめの選択肢を家計に持たせて、モデルを改善する。そして、いったん働かなくなった人々の社会復帰がなぜ困難なのかという問題にも、分析の焦点をあてる。モデル自体はそれほど複雑化しないが、選択肢の増加によって、モデルを解くためのコード化は複雑になる。そのため、この段階の作業には時間がかかることが予想される。残った期間には、計画書にあらかじめ申請した通り、経済的な要因以外も考慮したモデルを構築する。
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次年度の研究費の使用計画 |
物品費に4万5千円、旅費に40万5千円、その他に5万円の予定である。物品費に関しては、計算に必要なソフトは揃えたので、書籍に費やされる。旅費に関しては、六月にチェコで開催されるSociety for Computational Economics の年次会合における研究成果報告で使用予定である。この報告は既に採択されている。残りの旅費は、十一月に開催されるEurasia Business and Economics Societyを予定している。こちらで報告できるかどうかは、平成23年度末では未定である。なお、学会報告に合わせて、今年度は論文を英語で二本執筆し、海外の学術誌へ投稿予定である。そこで、その他の費用として、論文の英語校閲に費やす予定である。
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