研究課題/領域番号 |
23530345
|
研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
鈴木 智也 関西大学, 経済学部, 教授 (40411285)
|
キーワード | 自殺 / リアルオプション / 不確実性下の意思決定 |
研究概要 |
本研究の目的は、賃金変動のリスクが人々の自殺行動にどのように影響するのかを検証することである。そのために、本研究では標準的な効用最大化モデルの枠組みで、経済的理由による自殺を定式化してきた。既存モデルの多くでは、経済的に困窮した人々が今自殺するか、さもなければ天寿を全うするかという二者択一の選択を迫られている。しかしながら、この設定は「事態改善を待つ」という現実的な選択を無視している。その結果、既存モデルは人々の自殺し易さを過大評価してしまう。本研究はこの点を修正すべく、待つという選択肢を入れて、有期限のモデルを構築してきた。 当初、モデルの解やその挙動を調べる際に、数値解析に頼る予定であった。しかしながら、学術誌に投稿した論文に対して、査読コメントで解析的な分析を求められた。そこで、最も簡単な三期間モデルについては解析的に解き、より期間の長いモデルについては従来通り数値解析を行うことにした。いずれの解き方によっても、自殺したり、天寿を全うしたりという両極端な選択よりも、一時的に自殺を延期する選択が最善となりうることを示した。 さらに、本研究は自殺パターンにおける世代間の相違も検証した。たとえば、三期間モデルにおいて、最大三期間生きられる者を若年層、二期間までしか生きられない者を老年層として、賃金変動のリスクが人々の自殺行動にどのように影響するのかを検証した。その分析では、リスクが低いと若年層は老年層よりも自殺しにくく、リスクが増大するにつれて若年層も老年層と同程度に自殺し易くなるという結果が得られた。また、若年層の自殺パターンが二期間しか生きられない老年層と同じになるということは、彼らがたとえ自殺しなくても、天寿を全うするのではなく、もう一期間だけ様子をみているということである。これは若年層の自殺防止の難しさを意味する。以上が本研究実績の概要である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度前半は、以前に完成していた三期間モデルをより多期間に延長し、数値解析を行った。これは平成23年度後半に遂行する予定であったが、平成23年度の研究実施状況報告書で記したように、計算およびプログラムに重大な誤りがみつかっていた。平成24年度前半は、それを修正して、計算をやり直した。 平成24年度後半は主として、既に学術誌へ提出した論文の改訂に費やされた。その論文ではモデルを解く際に数値解析に頼っていたが、査読コメントでは解析的にモデルを解くことが求められた。本研究の開始以前にも解析的にモデルを解いていたが、非線形性が強く、解釈が困難であった。そこで、今回は非線形性を和らげるため、二次の効用関数を仮定し、期間を三期間に減らすことで、解析的にモデルを解き直した。この論文は既に再投稿され、審査結果待ちの状態である。 たしかに解析的にモデルを解くというのは本研究の計画になかったことである。しかしながら、それは本研究と密接に関連しているので、余分なことに時間を割いたことにはならない。第一に、解析的に解くことで、パラメータ設定時における制約条件が明らかになった。第二に、思い切った簡単化をしたことで、モデルの構造が前よりも明瞭にみえるようになった。そこで、解析的に解くためのモデルをもとにして、自殺するか天寿を全うするか以外の第三の選択肢をモデルに入れることにした。第三の選択肢とは、ホームレスになる(あるいは生活保護に頼る)というものである。これはもともと平成24年度に遂行予定であった研究内容である。ただし、期間の長いモデルで数値解析に頼ろうとしていた予定とは異なり、期間の短いモデルで解析的な解を求めることにした。この結果は未発表であるが、平成25年5月に米国の学会で報告することが確定している。したがって、研究の進捗は概ね予定通りといって差し支えない。
|
今後の研究の推進方策 |
今年5月の学会で、昨年度に遂行した研究成果を報告する。上述のように、ホームレスになる(あるいは生活保護に頼る)という第三の選択肢を入れたモデルとそのインプリケーションについての報告である。そこで得られたフィードバックをもとに論文を修正し、学術誌へ投稿する。 今年度の前半に着手することは、当初の研究計画にあるように、モデルの若干の拡張である。実証分野の先行研究で明らかにされていることは、人々の社会的属性によって、自殺の行動パターンに違いがみられるということである。理論分野の先行研究では、標準的な自殺のモデルにこれらの要因を加える工夫がなされてきた。そこで、本研究で構築してきた自殺のモデルにも、それらの要因を加えていく。そうすることで、モデルがより現実に近づくことを期待できる。 それと並行して、今年度の前半から後半にかけて、自殺防止のためにどんな経済政策が有効なのかを検証する。たとえば既に本研究で構築したモデルを用いても、賃金変動を抑える政策を施すことで、人々が自殺を決意する所得水準が低くなって自殺防止に役立つというインプリケーションを導ける。こうした政策インプリケーションを検証して、自殺防止のための政策を論文にまとめていく。
|
次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
|