既存の理論モデルで無視されていた「先延ばしにする」という選択肢を考慮し、経済的理由による自殺の意思決定をモデル化した。また、数値シミュレーションで、将来所得の変動リスクの増大に応じて、若い世代でも老いた世代でも自殺を思い止まらせる最低所得水準が上昇する一方、上昇ペースは若い世代の方が急であることを示した。これが最終年度までの研究内容である。 最終年度までのモデルでは、人々は自殺をするか否かという選択に直面していると仮定していた。しかしながら、そのようなモデルでは、失職によって収入を断たれた人々は必ず自殺に至るという極端な結果が導かれてしまう。現実には、失職などで困窮に陥った人々も、いきなり自殺をするとは限らず、ホームレス支援団体の食糧支援や政府の生活保護などのセーフティネットに頼って生存することを選べる。そこで最終年度では、セーフティネットへの依存という選択肢を入れてモデルを拡張した。 そのモデルを応用し、経済的理由による自殺を防止するうえでどのような政策が望ましいのか分析した。本研究では失業給付のようなセーフティネットを二種類考えた。一つはギリシアでみられるような定額の給付金が支払われる制度であり、もう一つはスウェーデンでみられるような失職前の所得に比例した給付金が支払われる制度である。定額給付金制度では、政府がうまく金額を決めれば、低所得者には自殺を思い止まらせて、高所得者には給付金制度への依存をさせないような望ましい結果が得られた。一方、所得に応じた給付金制度では、低所得者には自殺を思い止まらせられなかったり、高所得者には給付金制度へ依存させて働く意欲を失わせてしまったりという結果が得られた。このことから、自殺防止という点では決まった額の給付金を支払う方が効果的であるといえる。これが最終年度の研究成果である。
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