研究課題/領域番号 |
23530364
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 経済学部, 准教授 (60377611)
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キーワード | 企業金融 / 企業統治 / 敵対的買収防衛策 / 債権放棄 / 企業再建 / メインバンク / MSCB / エクイティ・ファイナンス |
研究概要 |
本年度の業績は,昨年度,東京大学グローバルCOEプログラム第15回シンポジウムで報告した内容についてとりまとめ,「ソフトロー研究」に発表したものである.内容は,大きく2つのテーマによる.一つは,法学者向けに,経済現象を,実証分析を通じて検証することの意義,特にイベント・スタディを通じた株価変動に関する分析の有用性について解説した.もう一つは,イベント・スタディを用いた実証分析の例として,買収防衛策導入の企業価値への影響についての分析結果を紹介した.これについては,過去の研究業績である広瀬・藤田・柳川(2007)を紹介した上で,「2005年の防衛策導入のみが業績悪化のシグナルとして機能し,2006年以降はシグナルとしての役割を果たしていない」という主張の頑健性を確認するため,本論文での独自の分析として,防衛策導入後の長期の企業価値変化および業績変化について検証を行った分析結果を紹介した. 本論文は,法学者向けに実証分析を行う意義を解説することに一つの目的があるため,実証分析を行う上での注意点を指摘する上での好材料として,買収防衛策導入の効果に関する分析を取り上げた.具体的には,イベント・スタディの分析結果によれば,買収防衛策導入は株価へ負の影響を及ぼしている.このことは,防衛策導入が,経営者のモラル・ハザードを助長するものとして企業価値にマイナスの影響が生じていると解釈されがちである.しかし,本論文の分析は,防衛策導入の時期の違いによる株価への影響の差異,さらに,防衛策導入後の業績パフォーマンス等を検証することにより,防衛策導入時点の株価への負の影響は,「業績悪化のシグナル」と捉えたことによるものと解釈した方が適当であることを示している.このように,実証分析を行う上では,単にデータを処理するだけでなく,分析結果に関する慎重な解釈が重要であることを,法学者向けにアピールした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.自社株買い等による株主への利益還元姿勢の差異が資金調達へ及ぼす影響:株主へのキャッシュフロー還元姿勢の差異が,エクイティ・ファイナンス実施へ及ぼす影響を検証する観点から,1990年代の増資実施に関するデータ整理を進めた.これは,自社株買いによる株主へのキャッシュフロー還元をできなかった1990年代の増資事例を検証し,自社株買い解禁以降の事例と比較することで,株主へのキャッシュフロー還元姿勢の差異が,エクイティ・ファイナンス実施へ及ぼす影響を検証することを目的としている. 2.MSCB発行の動機解明と企業金融上の役割についての理論的整理・実証分析による検証:広瀬・大木(2009)が示した,「MSCB発行企業は,発行後に負債圧縮に努める傾向があり,資本構成の改善を図れた場合ほど,長期的に企業価値が改善する傾向にある」という点に着目し,なぜ,負債圧縮の必要がある企業が,資金調達手段としてMSCBを選択したのか,理論分析による検討を進めた.さらに,理論分析による検討結果を検証するため,MSCB発行企業の比較対象としての時価発行増資実施企業の企業特性に関するデータ整理を進めた.また,これに関連して,1990年代の金融危機時に自己資本充実を求められた銀行が,資本調達に直面した問題を検討する分析のためのデータ整理も行った. 3.買収防衛策等としての新株予約権や第三者割当増資の活用が資金調達市場へ及ぼす影響:防衛策導入後3年ないし5年の期間での業績変化,株価動向等についての分析結果を公表した.さらに,近年の防衛策に関連するトピックスとして,第三者割当増資を活用した安定株主構築についての分析を行うため,必要なデータ整理を進めた.
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今後の研究の推進方策 |
1.自社株買い等による株主への利益還元姿勢の差異が資金調達へ及ぼす影響:平成25年度までに実施してきた,自社株買い実施状況等と投資支出や資金調達との関係の検証,さらには自社株買い解禁前の90年代と解禁後とでの,投資支出や資金調達に関する傾向比較を基にして,投資家への利益還元に関する制度整備の重要性を検証し,具体的な政策提言について検討を行う. 2.MSCB発行の動機解明と企業金融上の役割についての理論的整理・実証分析による検証:平成25年度までに実施した実証分析を基にして,資金調達環境の変化等から資本構成の変更を迫られた企業が,エクイティ・ファイナンス実施時の情報の非対称性の問題等を克服するために,新たな資金調達手段としてMSCB発行を利用した可能性について,ミクロ経済理論に基づく整理分析を行う.その上で,今日の金融市場環境の下で,資金調達時に企業が直面する問題を明らかにしていく. 3.買収防衛策等としての新株予約権や第三者割当増資の活用が資金調達市場へ及ぼす影響:第三者割当増資が,安定株主作りを目的とした買収防衛策の一環として活用されている可能性について,平成25年度までに実施した実証分析を基に,理論的整理を行う.そして,こうした必ずしも資金調達を意図しない株式発行や株式派生商品の発行が,純粋な資金調達目的の株式発行に,どのような影響を及ぼしているかについて分析し,今日の証券市場が抱える問題点の一つとして,今後の政策課題について検討を進める.
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次年度の研究費の使用計画 |
1.企業財務関連データの購入および直接経費に次年度使用額が発生した主な理由:直接経費に次年度使用額が発生した主な理由は,実証分析の追加検証のために,あらたにデータ収集が必要となり,平成25年度に,NEEDS-FinancialQUESTの“新ミクロ総合パッケージ”を短期間利用するためである.利用料金は,契約時25千円,パッケージ料金が月額165千円で,2か月利用する予定である. 2.コーポレート・ガバナンスに関するデータ:現在,日本企業では唯一のコーポレート・ガバナンス関連データとして,日経Needsによる企業統治度評価システム“NEEDS-Cges” 2013年度版の購入(単年度契約料420千円)が,平成24年度と同様に,本研究の実施にあたって不可欠である. 3.株価関連データの購入:株価関連データの購入が,本研究では,株価イベント・スタディを行う上で必須のものであり,具体的には,金融データソリューションズが提供する下記のデータセットとなる.【商品名】 ①日本上場株式 日次リターン,②日本上場株式 月次リターン,③日本上場株式 久保田・竹原・Fama-French関連データ,④日本上場企業 日次財務:利用料金の合計 税込409千円 4.旅費:学会,あるいは専門の研究会での研究報告,共同研究者との研究打合せ,その他資料収集等のための国内出張旅費として,200千円. 5.謝金等:研究論文の英文校正の費用として,100千円.
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