本研究の目的は、戦前期の三菱商事(商事)を主な対象に、取引関係の視点から総合商社の機能を検討することである。本年度は、安治川鉄工所(安治川)と日魯漁業(日魯)の事例を分析した。 (1)安治川鉄工所のケース 三菱商事は、安治川鉄工所に対して多面的な機能を果たした。第1に、商事は、安治川の顕著な業績悪化を契機に積極的な経営介入へと方針転換を図り、無担保融資を実施するなど資金面で重要な役割を担った。第2に、商事は、出張ないし常駐という形で、複数の社員と経営幹部を安治川に派遣した。こうした行為は経営資源の供給と経営監視の強化という2つの機能を併せもつと考えられる。さらに、商事が安治川の再建計画の策定と実施にあたって、積極的に関与した点を強調しておきたい。その過程で、商事は、大阪支店を中心とする国内外の店舗間取引ネットワークを通じて、安治川製品の市場開拓も進めたのである。 (2)日魯漁業のケース 三菱商事は、日魯漁業に対して多面的な機能を期待された。1つは、情報供給機能である。日魯製品の英国向け輸出にあたって、商事はセールチルニー(ST)商会を下請業者に指定したが、情報提供の点で同社に後れをとり、日魯から低い評価しか得られなかった。そうした事態に対し、商事は、本店水産部から送った「手紙」の取扱いをロンドン支店に委ねることで、ST商会に対して優位性を付与しようとした。もう1つ、下請業者の監視とリスクの制御という機能があげられる。ST商会の荷為替手形取組に際して、商事は、銀行に対し保証状を差し入れて同社の信用を補完した。また、ロンドン支店は、ST商会が保管する船積書類のボリューム抑制や期間の短縮化などを通じて、リスクの制御を試みた。加えて、同支店は、最終的な資金源として本店のサポートを受けつつ、ST商会の手形完済のために資金を供給することも求められたのである。
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