研究課題/領域番号 |
23530420
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中野 忠 早稲田大学, 社会科学総合学術院, 教授 (90090208)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 地域社会 / 役職 / 公共性 / 移動 / ロンドン / 教区 / 官僚 / ジェントリ |
研究概要 |
17世紀ロンドンの市壁外教区聖ダンスタン・イン・ザ・ウェスト教区(街区)に焦点を当て、その社会経済構造や人口構造などについて課税資料を用いて解明するするとともに、住民の間で地域社会の役職がどのように分担されているかを分析した。そこから明らかになったのは次の点である。1.一般に、ロンドンを含めたこの時代の都市は財政規模が小さく、官僚制度も未発達だった。したがって、公衆衛生、治安、防火など地域社会の抱える問題に対する対処は、住民から選ばれた役職者の無給の奉仕に依拠していた。2.この教区は王宮や官庁、高級な店舗の並ぶウェストエンドに接し、ジェントリや専門職が多く住む場所だった。高額納税者の大半は彼らが占めていた。しかし彼らの多くは借家人、間借り人として暮らし、かならずしもこの教区に定着した住民ではなかった。彼らが市会議員、教区委員、貧民監督役、治安役など、この地域の役職に関わることはほとんどなかった。3.この教区には海外貿易に大規模に従事する富裕な商人は少なく、地域の役職を担ったのは、中層の商人、職人だった。役職はこの階層の比較的多くの人々の間で分担されており、長期にわたり少数の「顔役」が地域の権力者として地域社会を支配する傾向は見られなかった。それはこの地域の住人の移動性が極めて高かったことも理由の一つである。時期によっては5年間で三分の二が移出(死亡も含め)ほどだった。そのため、地域の役職を担当する住民を確保することは、地域社会が直面する重大な課題となった。4.この時代には役職者に選ばれた住人が罰金(免除金)を支払ったり、代理人を立てたりして、役職を忌避する傾向が強まった。しかし忌避の理由にはしばしば「教区への奉仕」などがあげられ、教区という小さな「共和国」に貢献することは住民の義務である、との観念は消滅していなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.資料の転写、解読、分析。本研究の対象であるロンドンの地域社会は非常に多様性に富んでいる。本研究の課題遂行のためには、複数の地域(教区)についての比較分析がなされねばならない。23年度は現在利用可能な聖ダンスタン教区に関する一次資料を用いて研究を進めた。この教区に関しては、課税台帳、区審問記録、教区会議事録、貧民監督役会計簿など多くの一次資料が利用でき、これらを用いて、17世紀後半の住民リスト、課税額、役職担当者などの情報を含む簡単なデータベースを作成した。また18世紀前半のロンドン人名録やリヴァリカンパニー名簿などのデータ打ち込みも現在進行中である。2.成果の公表。これをもとにした地域社会と役職構造に関する分析の一部は、紀要に研究論文として報告した。2012年6月には成果の一部を中心としたシンポジウムを予定している。この教区の分析に関する限り、研究は予定以上に順調に進んでいるといえる。3.資料の収集と海外調査。課題遂行のためには、現在進行中の事例研究と比較する別の地域社会の分析も必要となる。イギリスの文書館の資料検索サイトなどを通じて、どの地域社会が資料の点で有望であるか一定のめどをつけたうえで、夏休みに現地におもむき、資料を実際に閲覧しながら調査を行なった。その結果、本研究の課題遂行に利用可能な資料が残されている教区や区がいくつかあることは判明し、転写や写真撮影を行なった。しかし資料の残存状況にばらつきがあり、どの地域社会に焦点をあて、その資料をマイクロフィルムとして取り寄せるかについては、最終的な結論はだせなかった。この点に関しては、やや計画より遅れている。イギリス滞在中には現地の都市史研究者と面談して研究内容の概略を報告し意見を聴取するとともに、イギリス研究者によって作られた既存の、また構築中のロンドンに関するデータベースの利用可能性について教示を受けた。
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今後の研究の推進方策 |
聖ダンスタン教区の分析を終え、比較のための別の教区について同様な分析を速やかに進める。当初は次の対象となる教区についても、新しい資料をマイクロフィルムで大量に取り寄せて分析する予定であったが、聖ダンスタン教区のデータが予想以上に豊富でその処理に時間をとり、また分析成果も期待した以上のものがあったので、次の事例研究の対象とする教区の調査・分析は当初予定していたより規模を縮小して行う。イギリス文書館所蔵の新しい資料の調査、マイクロフィルム化、取り寄せは引き続き行なうが、最小限にとどめ、ロンドンの中心部および北部郊外の教区に関する学内や国内の研究機関で現在利用可能な資料を主に用いて、役職者のデータベースを作成するなどの比較可能なかたちの実証分析に重点を移していく。それと並行して、EBOやECCOなど、早稲田大学で閲覧可能な電子資料を用いて、同時代の刊行文献の収集、整理を行ない、地域や役職制度についての当時の人々の考え方やその役割を具体的に解明する。また、本研究の課題に関連した研究はイギリスだけでなく近世ヨーロッパでも盛んになりつつあるが、それらについての近年の研究成果を可能な限りサーベイする。それを通じて、本研究の成果を、公共圏、地域と国家など、より一般的な枠組みのなかで位置づけるための理論的準備を進める。本研究の成果をチェックするための現地の資料館での調査、イギリス研究者とのインタビューは引き続いて行なう。本研究の成果の一部は、近日出版予定の共著に掲載される。これらをまとめた本研究の最終成果は、研究期間終了後に単著として刊行を予定している。
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次年度の研究費の使用計画 |
マイクロフィルム化された一次資料の整理、データベース化を基本的作業として進める。利用の便を高めるために、マイクロフィルムは必要に応じてデジタル化して、それをもとに作業を進める。このデジタル化を大学に設置されているスキャン機器を用いて行なうため、この機器を円滑に操作できるオートマティック装置を初年度の予算で購入する予定であったが、設置されている機器(アメリカ製)が旧式な機種であるため、それに適合する装置は入手不可能であることが判明した。したがって、デジタル化は外部の業者に発注せざるをえず、このための予算を事前の計画以上に確保した。(マイクロフィルム化、デジタル化)初年度の研究を進める中で、より広い地域との比較研究の必要性が改めて痛感された。そのため、刊行文献、研究文献の収集、整理を初年度以上に集中的に行なう。(関連文献)これらについてのデータ打ち込みや、ロンドンに関する既存のデータベースとの照合、さらに Excel、Endnote、File Makerなどのソフトを用いたデータ整理は、中間報告用のプレゼンテーションの作成などとともに、研究補助者その他の協力を得ながら取り組む。また役職者データベースの拡張可能性などについては、専門家に助言を求めて作業を進める。(データ整理用パソコン、ソフト、および謝金)現地の文書館での一次資料の調査、閲覧は、今年度も行う。現地での都市史研究家との意見交換も継続する。夏季休暇中を予定しているが、可能であれば、冬季にももう一度訪英して調査研究を試みたい。あわせて、国内の学会・研究会にもできるだけ出席し、研究成果の報告や意見交換をする予定である。(旅費)
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