研究課題/領域番号 |
23530420
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中野 忠 早稲田大学, 社会科学総合学術院, 教授 (90090208)
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キーワード | 地域社会 / 役職 / ロンドン / 移動 / 近世 / イギリス / 教区 / 公共 |
研究概要 |
本研究課題に直接関わる研究として、本年度は二つの作業を中心に行ない、成果を発表した。 (1)市壁外の聖ダンスタン教区の17世紀後半の役職就任状況についての、区審問記録や教区会議事録を用いた分析。地域社会の上層の市会議員や教区委員の例で見ても、長期間にわたってこの地域の役職を引き受けるような家族や世帯主はまれだった。頻繁に見られる役職忌避の事例が示すように、この地域の役職担当者の調達と交替はかならずしも円滑に進んでいなかった。だが辞退の理由は教区会の出席者が認めうるほど十分正統なものでなければならなかったし、免除された者たちはしばしば教区や隣人への愛や尊敬を表明しており、役職は地域住人が担うべきものとの観念は、規範としてはなお共有されていたということを明らかにした。 (2)役職と移動に関する事例研究。役職制度の存続にとっての大きな課題は、構成員が頻繁に交替する地域社会にあって、いかに役職担当者を確保するかということであった。17世紀末からこの課題を克服するために転入・転出と役職の履歴を記載した新しいタイプの住民リストが作成されるようになる。従来ほとんど注目されることのなかったこの種の資料のうち、本年度は18世紀後半から19世紀初頭にかけて比較的まとまったものが残っている聖オールバンズ・ウッドストリート教区のリストを紹介・分析した。資料はこの地域もまたきわめて人の入れ替りの激しい流動的な社会であったことを示している。だがここでは18世紀でも多くの役職を実際に引き受ける住民が少なからずいた。それは短期間だけこの地域に停留する移動層とは一線を画する、古くからの定着層によって担われてきたわけではなかった。むしろ流動的社会に適応して、新規の転入者をもこの制度に積極的に取り込むことによって、維持されていたことが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ロンドンの地域社会は非常に多様性であるため、少数の事例から一般的な結論を引き出すことはむずかしい。かといって、100を超えるロンドンのすべての教区について実証的な調査を単独で短期間に行うことはとうてい不可能である。当初の計画では、地理的配置や経済的社会的特徴を勘案しながら、代表的な地域社会(教区・街区)を5つか6つ選び、その組み合わせから近世ロンドンの地域社会についての全体的展望をえたいと考えていた。しかし作業を進めてみると、有効な史料がほとんど残されていない教区や区がある一方で、聖ダンスタン教区の例に典型的に見られるように、地域によっては審問記録、教区会議事録、教区会計簿、貧民監督役帳簿など、期間中に詳細な実証分析を行うことは困難と思われるほどの膨大な資料が残されているケースもあることが判明した。したがって、現在は中心部と市壁外の、資料の豊富な2ないし3教区に数を絞って研究を進めている。その点では、当初の計画より研究のスケールはかなり縮小している。 しかし選んだ地域事例に関しては、転写・解読・分析の作業はほぼ順調に進んでおり、その成果の一部も研究会での報告や論文のかたちで公表できた。地域の特性や有力市民に関するリヴァリメン名簿や課税記録などの補助的史料のデータベース化も予定通り進んでいる。また当初の計画では重視しなかった「転入転出住民名簿」のような新しい資料も見つかり、それを通じて役職や移動の実態をより正確に解明することが可能となった。 あわせて、都市化や公共圏、コミュニティなどに関するより一般的議論についても、論文や研究ノートのかたちで発表することができた。 したがって、全体としてみれば、研究はおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
25年度は本研究プロジェクトの最後の年である。したがって、データの打ち込みや解析をさらに進めるとともに、これまでの研究実績を踏まえた総合的チェックと一般的考察を行う。そのために次のような作業を積み重ねていく。 (1)原資料のチェック:本研究は基本的に未刊行の一次資料に依拠して遂行される。その多くはマイクロフィルムと現地で撮った写真からなるが、写し漏れの資料、原資料を閲覧しなければ判読できない箇所や曖昧な箇所なども少なくない。これらの点を確認することは、研究の正確さを期すために、最終段階で欠かすことのできない作業である。(2)データベースの再編集と体系的リンケージ:これまでの研究作業で、課税記録、区の審問記録、教区会議事録など、いくつか性格の異なった資料をデータベース化してきたが、それぞれ別のかたちで作成され、相互の関連性がかならずしも明確ではない。本年度はこれらをより相互参照性の高いものとし、あわせて一部はホームページから公開できるように、調整し組み直す。(3)研究動向の整理:本研究の意義を高めるために、近世以外の時代について、またイギリスだけでなく、ヨーロッパの他の都市、あるいは日本、アジアなどの含めたより地域に関する、内外の研究文献をより広範に調査する。(4)研究成果の公表・発表:学会報告および論文やワーキング・ペーパーのかたちで、個別の実証的分析結果を報告するとともに、近世ロンドンにおいて地域社会と役職制度がもった歴史的意義を、現代社会におけるコミュニティや公共性の問題をも視野に収めつつ、長期的な展望にたって比較史的観点から論じる。 最終的はこれらの研究成果を柱の一つとして、2年以内に著書のかたちで刊行することを予定に入れて、仕事を進めていく。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、新しいデータの収集や蓄積よりも、分析と総合、および成果の公開に重点をおいた作業を進める。そのため次のようなものが主な費目となる。 旅費:現地(イギリス)の文書館での資料チェック:数週間かけて、できれば二度にわたってロンドンのMetropolitan Archives およびNational Archivesを中心とした文書館に赴き、資料の閲覧と照合を行う。あわせて、イギリスの都市史や社会経済史の研究者と情報の交換を行う。 謝金:これまで作成してきたデータベースの一部を公開するため、またデータベース相互間の参照を容易にするために、情報やコンピュータについて専門的知識を有する研究者や院生の協力と助言を受ける。また新しい文献の調査・収集、包括的な文献目録の作成、資料や論文・文献の電子化、資料整理などの作業を迅速に進めるために、院生らにアルバイトの協力を求める。 関連文献の収集:これまでもサーヴェイと文献収集はかなり綿密かつ積極的に行ってきたが、本研究に関連した研究は、ここ数年でもその数を急速に増している。これら最新の研究を網羅的に集まるとともに、今年度はこれまでの研究成果をより広い視点に立って鳥瞰するために、幅広い分野と時代にわたった内外の研究書、史書(古書を含む)を収集する。 学会参加と研究会・報告会の開催:本研究の最終成果は論文または著書のかたちで刊行を予定しているが、進行状況や成果をできるだけ早い機会に報告するとともに、広い分野の研究者からの助言や意見を聞き、それを研究の仕上げに生かすために、研究会を開催する。これまで10年近くにわたって行ってきた早稲田大学を拠点の一つとする「長期の18世紀研究会」がこの活動の中心となる。
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