研究課題/領域番号 |
23530459
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
水村 典弘 埼玉大学, 経済学部, 准教授 (50375581)
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キーワード | 企業倫理 / 行動科学 / 行動倫理 / CSR / 良い仕事 / 良い会社 / コンプライアンス |
研究概要 |
本年度は、過年度の課題として残されていた「企業倫理の行動学的アプローチ」(Behavioral Business Ethics Approach)の学説史の内容とその変遷を掘り下げた。 具体的には、既存の「規範的企業倫理アプローチ」との比較を通じて、企業倫理の行動学的アプローチの源流、フォーカスエリア、並びに内容を明らかにした。第1に、企業倫理の行動学的アプローチの源流は、1996年に開催された「行動研究と企業倫理に関するカンファレンス」にさかのぼり、相当数の研究蓄積がある。第2に、同アプローチのフォーカスエリアは、「意図せずして非倫理的な行動に手を染める企業人」に限定されている。第3に、同アプローチの内容は、「倫理的な決定はどのようにして歪められるのか」、「なぜ人は、自分の道徳意識とは裏腹に非倫理的行動に手を出すのか」、「なぜ人は意図せずして非倫理的行動に出るのか」という実務上の問いに行動科学と行動倫理の成果を取り込んでアプローチしている。 本研究に取り組んだことで、「意図せずして非倫理的行動に手を染める企業人」の心理現象と心理プロセスを織り込みながら企業倫理の制度設計に臨むことの重要性を再確認できた。このことは、企業倫理学の内容充実を図るうえでも重要な意味を持つ。また、本年度は、本研究課題の趣旨に賛同した企業(非上場・流通小売業[社名非公開]・資本金250億円・売上高1000億円)の協力を得て、「いい職場プロジェクト」を編成し、本研究の成果を検証した。複数の事業所で実施したヒアリング調査では、「教育研修にウェイトを置く企業倫理プログラムが現場で必ずしも有効に機能していない」という事実と、「『良い仕事』を推進していくための制度を現場に導入する際には、職場リーダーの資質や組織風土(職場の雰囲気)がトリガーとなる」という事実が浮かび上がってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、規範的企業倫理アプローチの基盤となる理論を洗い出して検証したうえで、規範的企業倫理アプローチとの比較を通じて、企業倫理の行動学的アプローチの特徴とポジショニングを明らかにした。このことは、当初計画案を上回る本年度の成果である。 規範的企業倫理アプローチは、心理学者レストが提唱した「道徳的行動を決定付ける4項目の心理的要因」を基盤としている。それによれば、企業組織における個人の倫理的意思決定プロセスは、第1段階(道徳意識を高めて倫理的課題を認識する段階)、第2段階(『どのような決定が道徳的に正しく、道徳的に正しくないのか』を判断し、道徳的に正しい複数の選択肢のなかから唯一最善の選択肢を採択する段階)、第3段階(道徳的に正しい決定を具体的な行動に移す意志を固める段階)を経て、第4段階(道徳的に正しい決定を具体的な行動に移す段階)に至ると考えられている。 他方、企業倫理の行動学的アプローチは、倫理的意思決定プロセスの第1段階にスポットライトを当てて、「必ずしも人は自分が置かれた状況を理性的に判断し倫理的行動に出るとはかぎらない」という論点を示している。たしかに無指向性タイプのアンテナを持っていれば、倫理的課題が発射する電波を受信し、倫理的行動の結果と非倫理的行動の結果を比較衡量し、倫理的行動に出て非倫理的行動を却けられるかもしれない。しかし、各人のアンテナの指向性や受信感度は異なる。また、倫理的課題が発射する電波を遮断して組織の自己正当化を促す「組織のファイアフォール」も存在する。さらに、倫理的課題が発射する電波を受信していながら、非倫理的行動に手を染める人もいる。このような、既存の規範的企業倫理アプローチの領域で取り置かれていたタイプの人にフレーミングして企業倫理の制度設計に臨むことの重要性を本年度中の研究に取り組むことで改めて確認することができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度には、(1)本年度までに理論化した企業倫理の行動学的アプローチを精緻化したうえで、(2)企業倫理の行動学的アプローチのモデルを完成させ、企業倫理のプラットフォームとなる制度のモデルを構築する。 具体的には、本年度中に実施した学会報告「(統一論題報告)『経営の質』と『よい仕事』―経営倫理イニシアティブと人事制度―」(日本経営倫理学会研究発表大会[2012年6月23日(土)明治大学])の場で得られた新たな視点や知見と、本年度中の論文発表「企業行動倫理と企業倫理イニシアティブ-なぜ人は意図せずして非倫理的行動に出るのか-」(日本経営倫理学会誌、第20号[2013年])を執筆して出てきた理論上・実務上の課題を解決し、企業倫理の行動学的アプローチの理論的フレームワークを完成させる。そのうえで、日本における「良い会社」(good company)と「良い仕事」(good work or good quality of work)の因果関係を明らかにし、企業倫理のプラットフォームとなる制度のモデルを構築する。このようにして構築されたモデルをシミュレーションしながら、本研究で構築するモデルとプラットフォームを現場に適用する際の問題点を抽出し、学部・大学院など教育の分野での使用に耐えうるケーススタディーを執筆する。
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次年度の研究費の使用計画 |
・「研究費の次年度使用」による研究費移動(平成24年度使用予定から平成25年度使用予定への移動)の理由:(本年度中に残額が生じた状況:[1]研究計画立案時に予定していた出張が中止となったため。[2]海外の取次店に発注していた図書(英語文献)が本学の備品図書受け付け締切日までに到着しないことが判明し、キャンセルしたため。(次年度での使用予定)基金化して得られる旅費の総額を出張経費に充てる。また、上記の理由で購入できなかった英語文献については、早期に発注し購入する。 ・本年度の未使用分は、次年度の研究費に繰り入れて使用する。物品費については、本研究を遂行するために必要な図書、設備備品、並びに消耗品を購入するために使用する。また、旅費は、本研究を遂行する際に必要な情報を得るための調査・研究旅費(ヒアリング調査)や本研究の内容に関わる情報を得るための旅費として使用する。人件費・謝金については、本研究の内容に関して専門的知識の提供を得る際に使用する。その他については、本研究を遂行するための経費として使用する予定である。いずれの項目についても、申請者が属する研究機関で実施する教育経費及び研究経費では補完できないと考えられるものに限定している。
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