本研究の最終年度は、組織人の良心に照準を合わせて、「人間の良心とは何か」「組織人の良心はどのようにして形成されるのか」を明らかにした。また、脳神経科学の先端的な研究の成果を援用し、不正を働く人間の脳内メカニズムに迫るとともに、「なぜ人は意図せずして不正に走るのか」という問いに哲学・倫理学の観点からアプローチした。
本年度中に得られた研究の成果は、以下のとおりである。第1に、人間の良心は、自律の良心と他律の良心で構成される。良心とは、道徳的・倫理的か否かを判断し、道徳的・倫理的な判断や行動を選好し、そうでない選択肢を斥ける心の働きである。第2に、他律の良心について、正・不正の基準や物差しは適宜に更新・アップデートされ、その一部に問題があれば修正パッチも当てられる。そうだからこそ、個人の良心を正しく導く研修や職場の風土が組織人の倫理的な判断や行動に作用するのである。ただそうはいっても、「他部門に口出ししない」「重大な組織不正につながる小さな芽を社内の誰かが見つけて声を出しても、部門の垣根が邪魔をしてその声がかき消されてしまう」など、必ずしも教科書通りには行かない現実もある。
研究期間全体を通じて実施した研究の成果については、以下のように整理できる。当初、本研究は「数字を追い求める過程で倫理・法令違反が増える」という前提を立てていた。しかし、企業不祥事を精査し、関係者へのヒアリングを重ねると、意図的な不正はともかくとして、意図せぬルール違反の存在が浮き彫りとなった。そこで、本研究は、実際的な局面で起きた「倫理の失敗」の数々を検証し、組織人の意図せぬ不正とその背後要因にスポットライトを当てた「行動ビジネス倫理」「企業倫理の行動学的アプローチ」を採用し深く掘り下げた。「意図せぬ不正に手を染める善人」の存在に照準を絞るタイプの研究は、企業倫理の基盤となる制度を構築する上で重要な意味を持つ。
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