研究課題/領域番号 |
23530593
|
研究機関 | 専修大学 |
研究代表者 |
伊藤 和憲 専修大学, 商学部, 教授 (40176326)
|
キーワード | インタンジブルズ |
研究概要 |
平成24年度の研究計画は,前年度までの国内本社の調査もしくは予備的調査を海外子会社に展開する予定であった。本社と海外子会社が導入しているバランスト・スコアカード(BSC)を調査して,戦略実行の成功と失敗に関わる仮説設定の本格的調査を実施するという予定であった。 リコーでは事前調査により,BSCに類似した目標管理制度を導入しているが,昨今より戦略志向の組織に転換したことを知った。そこで,同社の戦略を業務計画へどのように落とし込んでいる(カスケード)か,また海外のリコー子会社への実態調査をする計画であった。ところが,リコーの経営企画部へインタビュー依頼をしたところ,大幅な人員の入替えをしたという理由で,調査協力を断られてしまった。 また,事前調査により,シャープがBSCをグループ全体で導入していることを知っていた。そこで今年度は,シャープの海外子会社へ訪問調査して,中期計画とBSCの関係,戦略のカスケードの仕方についてインタビュー調査する計画であった。ところが,シャープの経営業績が悪化して,会社を身売りするというニュースが飛び込んできた。そのためインタビューの申し込みは,断念をせざるを得なかった。 以上の状況で海外調査することになった。調査会社は親会社も海外子会社もBSCを導入していないという問題があったが,現地で何らかの戦略策定をしているという期待を持って調査した。結果は,日本の親会社だけが戦略を策定し,海外子会社は戦略的計画に従うだけであった。 戦略のカスケードについては,海老名総合病院をリサーチサイトとしてアクション・リサーチしていたところ,興味深いケースを発見した。病院のBSCで戦略をインターラクティブに管理しながら,看護部の業務管理にもBSCを用いて,診断的に管理していた。BSCをBSCにカスケードするというケースであった。これを論文にまとめることができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成24年度には,課題が3つあった。第1の課題は,策定した戦略をいかに業務計画へ展開すべきかである。第2の課題は,戦略学習に関わる研究である。第3の課題は,組織間アラインメントに関わる研究である。 第1の課題である戦略のカスケードについては,海老名総合病院でアクション・リサーチを行うことができた。具体的には,病院に外部指導者として入り込んで,BSCに関わるすべての会議と検討会に参加した。まず,病院の戦略を戦略マップという形で可視化することに関わった。次に,これをスコアカードで測定し管理するために,指標と目標値を設定した。次に,この戦略目標を達成するために,看護部では,業務計画関連図を作成して,これをマネジメントシートで測定・管理した。この業務計画関連図は戦略マップと同じ形式の図であり,マネジメントシートはスコアカードと同じフォーマットである。つまり,BSCを戦略計画と業務計画の両方に使用していた。 BSCを戦略と業務に利用することのメリットは,同じツールを使うことができることで理解度が高まることである。逆にデメリットは,戦略の管理はインターラクティブ・コントロールとして,業務活動は診断的コントロールとして,別のコントロールが機能するかどうかである。 また,第2の課題である戦略修正については,海老名総合病院のレビューと検討会議によって,戦略の進捗度を確認したり,指標や戦略目標の改定といったインターラクティブ・コントロールが実現できていた。第1の課題と第2の課題を事例研究として論文にまとめることができた。 しかし,第3の課題であるアラインメントについては,海外子会社で創発戦略する事例を確認できなかった。この点は,海外子会社へ戦略策定の権限委譲が行われている企業を探し出さない限り調査はうまくいかないことがわかった。以上を勘案すれば,70%の達成度といえよう。
|
今後の研究の推進方策 |
今年は実証研究を計画していた。しかし,2つの理由で今年度の研究を修正する必要が生じた。第1の計画修正すべき理由は,海外子会社の戦略に関わる調査がうまくいかなかったことである。日本企業の海外子会社が親会社とは別に,海外子会社自らが戦略を策定するという実態を見つけることができなかった。そのため,本社と海外事業会社のアラインメントについての成功と失敗の要因は残されたままである。 第2の計画修正すべき理由は,創発戦略を創造する戦略策定を発見できなかったことである。戦略実行の最終プロセスは,実績をモニタリングして,戦略の仮説検証を行い,現行戦略が機能しないときへの適応である。すでにモニタリングして,戦略仮説の修正,その結果を受けて戦略の修正をいかに行ったかについては調査した。しかし,戦略を新たに策定するほどの大きな変化を見つけることができなかった。 したがって,いまで実証研究できる段階に至っていないことがわかった。最終年度である次年度の研究計画は,実証研究からモニタリングと戦略修正を繰り返すことで,創発戦略の可能性を発見することにした。そのため,すでに3年間BSCの導入支援を行っている海老名総合病院をリサーチサイトとして,戦略実行の最終プロセスを研究することにした。 また,本社と事業会社のアラインメントについてであるが,国内企業についてはすでに調査しており,論文にまとめてある。国内企業のアラインメントを海外子会社との関係でも調査できればいいが,これは平成24年度の状況から考えると難しいことがわかる。そこで,アラインメントについては,国内に限定し,本社と事業会社,事業会社のトップの戦略と現場の業務計画という2つのアラインメントで終了することにした。 要するに,最終年度の研究計画は,まずモニタリングと戦略修正についての研究を継続する。同時に,これまで研究してきたことを海外で学会報告する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度までに国内で予備調査を行い,平成24年度は海外子会社の予備調査を行い,これらの予備調査に基づいて,戦略の成功と失敗の仮説設定を行って,平成25年度は,本格的な実証研究を行うというのが当初計画した研究計画であった。ところが,平成23年度は,東日本大震災の影響で国内企業の調査そのものをあきらめざるを得なかった。また,平成24年度は海外子会社への調査を行うことはできたが,海外子会社で戦略策定まで行っている企業を見つけることができなかった。つまり,国内も海外も仮説検証の予備調査は失敗に終わってしまった。 研究計画が失敗しても,科研費をいただいている以上,別の形で研究を進展させなければならない。そう考えて,平成23年度はインタンジブルズのマネジメントに関するケーススタディをまとめ,平成24年度は戦略のカスケードに関するアクション・リサーチをまとめた。次年度は,これらの研究成果を海外で報告することにした。 第1の計画は,6月にスペインのバルセロナで開催されるレピュテーション・インスティチュートの国際学会に,インタンジブルズのマネジメントの実証研究で学会報告を行う。欧米の企業価値観とは異なる価値観が我が国にあることがわかった。また,これらに因果関係があることもわかった。日本企業の経営が欧米とは異なる戦略志向があることを発見したことは大きな成果であった。 第2の計画は,12月にインドで開催される国際経営ケース学会で報告のために論文を投稿する予定である。投稿論文は,戦略のカスケードである。平成24年度に論文にまとめたものに,新たな情報を追加して,学会報告する計画を立てている。 そしていま,今回の研究の線上に新たな課題が生まれつつある。投資家に対して,戦略性という価値創造プロセスを開示するという統合報告が国際的な基準として2013年12月に制定される。この研究も進める予定である。
|