研究課題/領域番号 |
23530615
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研究機関 | 熊本学園大学 |
研究代表者 |
工藤 栄一郎 熊本学園大学, 商学部, 教授 (30225156)
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キーワード | 公正価値会計と会計処理 / 複式記入の理論変化 / 簿記知識の社会化 |
研究概要 |
平成24年度は、①会計記録の客観性・信頼性の淵源に関する歴史研究、②会計記録技術に関する知識の社会的普及、③公正価値会計に対する会計記録の論理変化の3点が研究実績である。 まず、①については、原初的会計記録すなわち文字記録以前の会計記録の例として、インカ帝国のキープquipu:khipu(結縄文字)についての研究をおこなった。文字を用いない社会において文字によらない会計記録ですら有効かつ不可欠な統治手段であったことを明らかにした。この研究成果の一部として、7月に開催された経営史学会西日本部会において研究報告を行った。 つぎに②について、とくに、明治初期の日本における西洋式会計技術の社会普及を教育制度の整備過程と照らしながらその特徴を明らかにした。この成果の一部として、7月に英国ニーカッスルで開催された第13回世界会計史会議において研究報告(共同)を行うとともに学内紀要(『海外事情研究』)で公表した。また昭和初期においてとくにわが国の中等教育過程において会計記録の技術教育が制度的に確立した過程を明らかにした研究もおこなった。これについては、9月に開催された第56回教育史学会において研究報告を行った。 ③については、8月のワシントンDCで開催されたアメリカ会計学会年次総会において設置されていた公正価値会計関連のセッションに可能な限り参加した。さらに、公正価値を積極的にその会計実践に取り入れてきているオーストリアに出張し、複数の会計研究者・実務家に聞き取りを行い、さらに、会計教育の場でどのように変化が生じたのかについても調査を行った。また、公正価値会計に対する会計記録の論理の変化について、とくに、ストック・オプション会計基準を対象に研究をはじめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画当初は、研究対象に、会計記録の歴史的研究の焦点を中世からルネサンス期における公証人の記録を中心に焦点を当てていたが、インカ帝国時代に用いられたキープという非文字の会計記録にそれを拡充することで、会計記録が有する社会的意義の深遠さを知ることができた。この点は期待以上の成果であり、今後の研究の可能性を拡張へとつながると期待できる。公証人記録に関する本格的な検討は25年度も継続して行う。 また、国際財務報告基準IFRSに代表される公正価値会計それ自体に関する研究については、とくにアメリカ会計学会年次総会のセッションに参加した際に、会計における「公正概念」の生成とその社会的背景について新たな問題関心が加わったことで、会計のなかの「公正」と「記録」の関係性について考究を深める必要を感じた。この問題意識は本研究課題に新しい価値を加えるだろうと期待できる。つまり、記録それ自体が有する客観性・信頼性と情報に求められる公正性との緊張関係に関する解明である。 研究成果の中間的報告としては、国際学会(第13回世界会計史会議)でパラレルセッションでの報告が実現したほか、国内学会である第53回教育史学会そして経営史学会西日本部会の合計3つの学会で報告を行った。また公表された論文は共著1本を含めて、5本である。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である25年度は、公正価値会計を具体的に表現するいくつかの個別の会計基準の中で、会計記録の重要性がどのように位置づけられているのかを検討していく。財務報告を第一義としているとされる現行の多くの会計基準が、はたして会計記録の意義とどの程度緊張関係を有しているのか、金融商品会計基準、減損会計基準などを取りあげて検討していく。 また、複式簿記に基礎づけられた会計記録は、当然ながら、複式簿記という記録様式の特殊性によって枠づけられているはずである。しかし、最近の会計基準が会計記録との緊密さを弛緩しているのなら、つまり、会計基準が要請する会計記録が複式簿記の論理の枠を超えるようなものであるなら、会計記録の理論にも変化が到来しているのではないかと考えられるので、従来、複式簿記の理論はどのように規定されていたのかについても検討をおこなっていく。 昨年同様、アメリカ会計学会年次総会への参加とイタリア会計史学会への参加報告を予定しているほか、スペインでの会計史関連の国際学会に参加予定。また、日本簿記学会関西部会での報告をふくめ、複数の国内学会への参加を行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度においては、アメリカ会計学会年次総会(カリフォルニア州アナハイム)に参加し、公正価値会計の最新の動向について調査を行う。また、会計史関連の国際会議(Accounting History International Congress)(スペイン・セビリアで開催)への参加、およびイタリア会計史学会での参加(共同報告予定)を通じて、会計における「公正性概念」の起源と展開について、歴史的観点からの検証を行っていく。このように、25年度の研究費の支出の一部は、上記の海外出張にあてられる。 また、わが国の会計基準における公正価値の影響について、国内研究者への聞き取り調査を行うが、国内で開催される学会・研究会の前後にそのミーティングは設定する。この旅費として研究費は使用する予定である。 さらに、これまでと同様に、関連分野の書籍や資料の収集に関しても費用を使用する。
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