ソーシャルワークの主流は、生態学的見地から、適応的な能力を高め、人の環境、人と環境の交互作用を高めることを志向する。システム・モデルによる実践は、システムの変革よりも、秩序の維持、適応ということに目標が据えられ、既存の社会構造の歪から生じる様々な諸問題を取り扱う視点は乏しい。 ソーシャルワークは、社会を変えることと社会を維持することの相反する関心を孕みながら歴史的に発展形成されてきた。専門職としての社会的地位や承認要求の高まりとともに、ソーシャルワークの核心にあったラディカルな思考は周縁化された。市民をサービス利用者、消費者、クライエントと捉え、市場における競争や個人主義が容認されるなかで経営管理主義が台頭し、社会正義への責任や平等主義への志向性は後退した。 社会構造からの挑戦に向き合い、抑圧的状況にある人々の生きづらさや社会的諸問題を扱うには、社会正義に志向し、批判理論、ポストモダニズム、ポスト構造主義の思考から構想されるクリティカル・ソーシャルワークへの理論的シフトが課題であった。ソーシャルワーク理論において、個人的なものと政治的なものをつなぎ、抑圧の個人的経験を広範な政治的理解と関連づける構造分析を組み込む。その際、構造的不平等の犠牲者という視点ではなく、批判的省察や主体の回復を鍵概念に据えた。構造分析では、モダニズムとポストモダニズム、それぞれの強さを生かし限界を補うには、社会正義への志向性が不可欠であると考えた。 そのため最終年度に実施した研究では、ソーシャルワークが依拠する社会正義とは何か、広範囲に及ぶ社会正義の意味について検討した。ソーシャルワークは、新たな社会理論からの異議申し立てをどう受けとめるか、議論の輪郭を描きつつ、抑圧や支配を除去し、搾取や社会的不正義を克服するのにふさわしいソーシャルワークの社会正義の諸概念や諸構想について考察を行った。
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