本研究では、補償的統制説に基づき、(1)環境や人生に対する統制感覚を阻害する状況に置かれると、外在的な力により相補性原理が働き、格差や不平等が解消されるであろうという期待が高まる (2)個人的統制感(自らの力で社会を変えうるという感覚)を強めると、相補的世界観にもとづく平等幻想の生成が抑制され、人々は格差や不平等の解消に動機づけられるようになる という2つの理論仮説を検証することを目的としている。 平成23年度は、統制感覚と相補的世界観、及びシステム正当性信念との間に理論的に想定される関係について、大学生を対象に質問紙調査を実施し検討した。平成24年度は、大学生を対象にシナリオ実験を実施したが、予想に反して、努力や意志によって社会的成功と失敗が左右されると言うシナリオに接触した条件のほうが、相補的世界観による正当化が明確になった。社会経済的格差の原因を内的要因に帰属したことによって自己責任論が喚起されたためかもしれない。平成25年度は30代、40代の社会人を対象にWEB調査を実施した。その結果、日本社会は学歴によって社会的成功が決まると信じている場合に、相補的世界観によって現行の社会システム(学歴社会)を肯定する傾向が顕現化することが示された。平成26年度は、WEB調査のデータを再分析した。その結果、個人レベルでの統制感が低いほど、相補的世界観によって現行制度を正当化するという仮説を支持する結果が、大学生では得られなかったのに対して、30代、40代の社会人においては、明確な結果が得られた。また、社会人を対象とした調査では、学歴社会に対する統制感が低い者は、相補的世界観によって、学歴社会だけでなく、日本社会全体のシステムの正当化を図ろうとする傾向が認められた。本研究が想定している心理的メカニズムは、実社会の経験を経たことにより起動しやすくなるのではないかと考えられる。
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