本年度の主な研究成果は,以下の通りである。 権利擁護に関わる能力評価で使用されることの多いWechsler成人用知能検査(WAIS-III)を用いて認知症高齢者の知的能力の特徴を分析した。今回は,認知症スクリーニングテストで正常と判断されたアルツハイマー型認知症高齢者(AD群)と,認知症のない高齢者(統制群)との能力指標を比較した。分析では,WAIS-IIIの3つのIQ得点,4つの指標得点(群指数得点),13の下位検査評価点,およびGeneral Ability Index (GAI:一般知的能力指標)とCognitive Proficiency Index (CPI: 認知熟達度指標)の平均得点を比較した。その結果,AD群は統制群よりも,GAI得点が統計学的に有意に低かった。また,VCI得点とPOI得点は10%水準の傾向差が認められた。評価点については,結晶性知識を反映する知識の評価点に有意差があり,AD群で有意に低かった。以上の結果から,ADの高齢者はスクリーニングテストの成績が正常範囲内の時期であっても,結晶性知能や流動性推理や視覚的処理を反映する一般知的能力がすでに低下している可能性が示唆された。成年後見制度や民事精神鑑定などの手続きでは,認知症スクリーニングテストの成績が参考にされることがあるが,今回の結果から示唆されるように,検査では正常と判定される時期から,ADは高齢者の一般知的能力を低下させている可能性がある。今後の研究では,一般的知的能力指標の低下が,認知症高齢者の経済行為や他の社会的行為の遂行にどのような影響を与えるのかについて詳細に検討する必要がある。 本年度は,研究成果を3本の原著論文にまとめて学術雑誌への投稿準備に取り組んだ。現在,認知症高齢者が単独で生活するのに欠かせない安全と嗅覚機能に関する研究成果と,本年度の主な成果として上述した研究成果を,それぞれ原著論文にまとめ,投稿中で,審査結果を待っているところである。
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