研究課題/領域番号 |
23530953
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研究機関 | 奈良教育大学 |
研究代表者 |
豊田 弘司 奈良教育大学, 教育学部, 教授 (90217571)
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キーワード | 情動知能 / 分散効果 / 自己選択効果 |
研究概要 |
情動処理の個人差が記憶に及ぼす効果を検討するために、3つの実験を行った。 実験1では、看護学校の学生を対象にして、記銘語から想起するエピソードの情動を処理させる方向づけ課題を行い、その後の偶発自由再生率を比較した。その結果、情動処理能力の高いとされる情動知能(EI)高群では、快エピソードでも不快エピソードでもいずれのエピソードを想起した場合でも記銘語が集中提示されるよりも分散提示される方が記憶成績が良いという分散効果が認められた。しかし、EI低群では、快エピソードを想起した場合には分散効果が消失した。この結果は、EI低群が快エピソードの弱い情動を処理できないことが反映されていると考察された。 実験2では、EIの下位能力である情動の制御と調節能力(MR)に注目し、MR高群、中群及び低群の偶発自由再生テスト成績を比較した。エピソードを想起した場合の偶発再生率を調べたところ、MRの水準による分散効果の大きさ(分散提示の再生率と集中提示の再生率の差)に違いはなかった。しかし、分散提示においては、MR高群では快エピソードを想起した場合の再生率が不快エピソードを想起した場合のそれよりも高く、MR低群ではその逆の関係になった。これは、MR高群では情動の強い不快エピソードを抑制するが、MR低群ではその傾向がないことによると考察された。 実験3では、高校生を対象として、対にされた記銘語のうち、自分により関連する語を選択させる場合(自己準拠選択)と、覚えやすい語を選択させる場合(記銘容易性選択)及び記銘すべき語を指定する強制選択条件での再生率を比較した。その結果、自己準拠選択が記銘容易性選択よりも再生率が高く、ともに強制選択よりも再生率が高かった。この結果は、自己選択効果(指定されるよりも自己選択した場合が再生率が高いという現象)において自己準拠が選択の規準として重要であることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の目的は、主に記銘語から想起されるエピソードの属性が記憶成績にどのように影響するかを検討するものであった。当初予定していた時間展望性(過去、未来)、適応のための重要性(必要、不必要)、情動性(快、不快)及び社会的属性(自己、他者)をそれぞれ検討し、これらの属性が記憶成績の貢献する実験データを得ている。 情動処理の個人差に関しても、EIの個人差として昨年度と本年度に関して5つの実験を行い、EIの個人差及びその下位能力(例えば、MR)についても、記憶成績との対応関係を明らかにしている。
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今後の研究の推進方策 |
研究目的である4つの属性の効果に関して、適応のための必要性に関してはまだ2つの実験しか行っていない。この属性に関して、分散効果と自己選択効果を指標にした実験を準備している。また、時間展望性に関しては、過去のエピソードと未来のエピソードを想起させることの違いは明らかにされているが、情動性(快、不快)との関連が検討されていない。この点について吟味する必要がある。さらに、社会的属性(自分、他者)との関連についても、当初計画していた実験がまだ一つ残っている。それは、「過去の自分」にとって重要なエピソードと「未来の自分」にとって重要なエピソードの比較である。この両者の処理のされ方は異なるので、記憶に及ぼす効果は異なると予想できる。4つの属性の検討が目的であるが、この属性の組合せの効果を検討することが重要である。それ故、今後は、この属性の組合せに関して効率良く検討したい。 情動処理の個人差については、過去の文献や本年度行った実験の結果から、情動知能の下位能力である情動の制御と調節(Managing and Regulating Emotion)能力が記憶に貢献する可能性が示されている。ただし、用いた記銘材料が限定されている点と、情動の制御と調節が、情動を制御するという肯定的機能と、抑圧するという否定的機能をもっているので、この両者を分離して検討できていない点が問題として残っている。これらの点を吟味していきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまでの2年間で蓄積してきた研究成果を、欧州心理学会(第13回大会;ストックホルム)、国内心理学会(日本心理学会、認知心理学会及び日本教育心理学会)において発表する。そのための旅費として使用する。
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