研究課題/領域番号 |
23531015
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
野々村 淑子 九州大学, 人間・環境学研究科(研究院), 准教授 (70301330)
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キーワード | 児童救済 / 孤児院 / クライスト・ホスピタル / 孤児 / 貧困児 / ロンドン・ロイヤル・ホスピタル / 養育委託 |
研究概要 |
24年度は、1)Richard Craftonに関する史料収集と分析、2)昨年度に引続きGuildhall Libraryにおける史料収集、3)初期の受付簿による養育委託の実態分析を行った。 1)クライスト・ホスピタルの活動初期に、その設立、王室との連絡、交渉にあたり、子どもの救済にも実際に関わりつつ、管理運営において大きな役割を果たしたRichard Craftonについての史料を収集、分析を試みた。議事録、および彼自身の著作などを加味し、25年度には論文化する予定である。 3)初期受付簿には、濃淡はあるものの、かなり詳細な救済記録が残されている。そのなかから、最初期10年間に注目し、養育委託を受ける側、つまりChrist Hospitalの要請を受け、子どもを預かるnurseたち(男女)の受入要件、条件、人数、期間や形態などについて抽出し、その特徴を捉えた。 数年間にわたり、同じ子どもを断続的に数回預かる例、また数人~数十人の子どもを同時に預かる例等がある。なかでも永久に引取る、つまり形式的には養子のような形で養育を担う例も多数あった。 本研究において重要な発見点は、nurseとして養育委託を受ける人々と、実親への養育委託とが、表記や手続き等の点で顕著な区別をされていないことである。このことの、児童救済史における親子、家族関係の歴史研究上の意義については、さらに検討を必要とする。しかし少なくとも16世紀中葉のロンドンにおいて、孤児、貧困児、浮浪児、棄児などの養育は、Christ Hospitalの管理の上で、近郊の男女に、ほぼ同額の委託金を支払い、広く委託され、実親の養育責任を前提とした対応ではないことがわかる。アリエスが、イタリア人の言葉として言及している、イギリス社会での親元から離れての養育の形は、孤児、貧困児等の救済においてこうした形で行われていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
【研究実績の概要】に記載の通り、16世紀半ば、Christ Hospitalの設立初期の受付簿からの分析を行っている。当時の養育委託の状況からは、実親の養育責任について、少なくとも貧困児の救済の前提としての絶対的な位置づけがされている訳ではないことが解明されつつある。孤児、棄児、浮浪児といった、街に溢れた子どもたちへのロンドン市当局の関心は、この時期から始まったことは確かである。折りしも、それまでの施す側の救済という観念が変容し、物乞いが犯罪化し、浮浪者、物乞いといった存在を行政が管理し、施設に収容していくという流れは、この時期に急速に進められていく。このような貧困観、貧民救済観の変容のなかで、子どもへの関心は、治安維持、将来を担う市民養成、労働者養成といった目的のもとで浮上し、Christ Hospitalの養育、教育体制が整えられていく。24年度に行った研究は、そのなかでも初期の養育委託に着目し、当時の貧困児の養育を支えることを目的としてアレンジされた社会関係の有り様を解明し、実親や家族の養育責任についての関心度の無さを指摘した。 当初の研究目的に照らせば、16世紀後半から17世紀にかけての推移から、Christ Hospitalが行った児童救済からみえる、子どもの養育を支える社会関係の変化を解明しなければならない。しかし、現存史料は非常に痛みが激しく、デジタルカメラ撮影のみが許されている。調査滞在期間内での撮影ではとても間に合わず、またマイクロ化の依頼はChrist Hospitalの許可が必要なため、非常に手間取っている。 以上のような理由により、17世紀における変容過程を解明するには未だ至っていない。また、職員の細かな業務等についての史料の探索、分析に至らず、身体観についても解明できていない。
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今後の研究の推進方策 |
ひとまずは、入手できた史料の分析、およびさらなるマイクロフィルム史料の注文、送付願いを続行し、16世紀後半、さらに17世紀における変容分析に挑む。特に、受付簿分析の続行と、役員会の記録分析のほか、養育委託や徒弟委託の記録簿分析を進める。 Richard Graftonについての研究についても、続行し、論文化する。 以上により、Christ Hospitalの事業展開史にみる、子どもの養育を軸としたロンドンでの家族による統治の誕生プロセスの解明という、当初の目的の達成のために努力したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
史料、図書類の購入、マイクロ等の史料読取りなどの作業についての雇用等を考えている。
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