研究課題/領域番号 |
23531037
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研究機関 | 弘前大学 |
研究代表者 |
平田 淳 弘前大学, 教育学部, 准教授 (90361005)
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キーワード | 開かれた学校づくり / 開かれた教育行政 / エンパワーメント / 先住民保障代表制 |
研究概要 |
平成24年度は、前年度に続きまずインターネットでカナダ諸州の「開かれた教育行政」や「開かれた学校づくり」の制度実態を把握することから始めた。そのうえで日本国内のカナダ教育研究者への聞取りや研究会における質疑応答などを通してその概要を理解した。その上で、インタビュー調査の具体的質問事項を作成し、カナダ・ユーコン準州でインタビュー調査と観察調査を行い、ブリティッシュ・コロンビア州で資料収集を行った。 ユーコン準州では、カナダの他の諸州と同様に、学校協議会が制度化されている。当地の学校協議会の特徴は、協議会委員の中の一定数をファーストネーションズ(以前は「インディアン」)と呼ばれる先住民に割り当てるという「保障代表制」を採用していることである。実際に観察したいくつかの学校の協議会会議においては、校長の月例報告から始まり、当時議論になっていたスクール・カレンダーの話題や学校を取り巻く環境の変化等に対して、白人委員も先住民委員も率直な形で意見交換をしていた。インタビューでは、先住民の価値観と白人の価値観の相違から様々な意思決定上の問題点も指摘されたが、それでも根気強く議論を続け、何とかして合意に到達しようという意識が見られた。単なる多数決ではなく、少数派の意見をどう意思決定に反映させていくのか、多文化化が進む日本の教育界に与える示唆は大きい。そして、先住民の意見がそれとして認識されることで、先住民がその存在意義を認められていることを実感することができること、換言すれば本研究のキーワードの1つである「エンパワーメント」が達成される可能性があることが看取された。 カナダの先住民教育問題はユーコン準州に限定されるものではなく、多くの州で同様の問題を抱えている・ブリティッシュ・コロンビア州ではその点に関する資料収集に加えて、当地の学校協議会に関する資料収集を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度は、ユーコン準州とブリティッシュ・コロンビア州で現地調査を行う計画であったが、これを実施したことから、おおむね順調に進展していると評価される。 ユーコン準州における保障代表制度化のきっかけは、古くは全国インディアン協会が1972年に連邦政府内のインディアン問題北方開発大臣に提出した「インディアンの教育はインディアンの手で」という提案書にまで遡る。当時から、いわゆる白人のカナダ人とは異なる固有の文化や言語、それらの伝承形態を有する先住民の教育が白人の価値観によって行われていること、それにより先住民に対する差別や先住民文化の伝承が困難になっていることなどが指摘されていた。そしてそれら課題を克服するために、本報告書ではインディアンに関する学校運営や教育行政の政策立案過程における先住民の参加が必要であることが主張されている。その後も連邦及びユーコン準州双方の先住民団体からの要望もあり、保障代表制が導入されることになった。 ブリティッシュ・コロンビア州では、学校における保護者団体である「保護者助言協議会」と、管理職や教員、保護者や学校段階によっては生徒からの代表で構成される「学校企画協議会」が制度化されている。保護者助言協議会は、その選任された委員を通して、学校企画協議会に割り当てられた事項以外の当該学校に関するいかなる事項についても、教育委員会や当該学校の校長あるいはスタッフに助言を与えることができる。また、保護者助言協議会からの代表が学校企画協議会の委員となることになっている。つまり、保護者の学校運営参加の手段としての保護者助言協議会と、保護者とそのほかの学校当事者(管理職や教員、生徒)との合意形成の場としての学校企画協議会と、二段構えの「開かれた学校づくり」が制度化されているということがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、ユーコン準州及びブリティッシュ・コロンビア州以外の州・準州に注目して、「開かれた教育行政」「開かれた学校づくり」についてデータ収集・分析をしていく。特に今回のユーコン調査において、先住民というマイノリティの意見をどのように学校運営や教育行政に反映させるかという課題の重要性を再認識したため、次年度以降は従来教育行政や学校運営の意思決定において重視されなかった保護者や生徒の意見をどう汲み取るかと同等に、先住民という視点も重視して調査を実施したい。いずれのケースにせよ、こうした制度や実践を通して、多様な教育当事者がどのようにエンパワーされるのかという視点を、本研究の中心テーマとして維持する。 他方で、これまでの日本におけるカナダ教育研究においては、西岸諸州やオンタリオ州・ケベック州が中心的に取り上げられており、東海岸諸州は比較的注目されてこなかった。そこで今後の本研究課題としては、ノバスコシア州やニューブランズウィック州、プリンスエドワード島州、ニューファンドランド及びラブラドール州などの取組みにも注目したい。西岸諸州と東海岸諸州ではカナダ連邦参加の時期や状況も異なり、特に西岸諸州が隣国アメリカの影響を強く受けているのに対し、東海岸諸州では旧宗主国であるイギリス的要素がいまだに多く見られる。カナダの教育を総体として理解するためには、まさに多文化主義国家カナダの多様性が、各州の制度設計や制度実態にどのように反映しているのかを見ることが重要であると思われる。 これら研究課題をより実現可能とするために重要なのは、これまで築いたカナダにおける人脈をフル活用することである。特に現地調査は調査協力者の時間を割いて協力してもらう必要があるため、信頼関係の構築が欠かせない。そのため、これまでの調査協力者に対しても、なんらかのアウトプットをしていく必要があろう。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度はオンタリオ州、マニトバ州、サスカチュワン州のいずれか2州において現地調査を行う予定である。その旅費として750,000円を支出する予定である。いずれか2州とした理由は、支出予定の金額では2州が限界であること、本研究課題総体としてみたとき、どの州が適しているかについて、現時点で確定できないことなどがある。すなわち、オンタリオ州では「生徒教育委員制度」を通しての高校生の教育行政参加や、学校協議会での生徒代表の選出などを通しての高校生の学校運営参加が盛んである。他方で、マニトバ州やサスカチュワン州には多くの先住民が居住し、特にサスカチュワン州では先住民の教育ニーズを学校運営に反映させるための「コミュニティ・スクール」が制度化されている。そしてそこには、校長や教員、保護者、地域住民、生徒などから構成される「コミュニティ・スクール・カウンシル」を設置することが推進されている。これらから、本研究全体としてのバランスを考えたとき、次々年度の調査計画も含めて、次年度の調査先を再考することが必要だからである。また、旅費とは別に、調査に必要なコンピュータ周辺機器及び関連文献購入費用として100,000円支出する予定である。 次年度使用額(繰越額)は190,623円である。これは今年度調査が2月に実施され、調査終了から年度終了までの期間が短かったため、テープ起こし完了が年度末に間に合わなかったためである。ゆえに、繰越額は次年度にインタビュー調査を録音したものを文書に起こす際に発生する費用その他消耗品の購入に充てる。この件について、本研究の今後の進展を阻害するものではない。
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