研究実績の概要は、以下の通りである。 第一に、保育者の専門性としての感情的実践に関する国内外の研究動向をレビューした。その結果、保育者は、子どもとの関係において、意図的に自らの感情を操作していること、保護者との関係において、意図的に共感感情を表出していること、同僚との関係において、感情共有が保育を省みる契機となることなどが明らかとなった。 第二に、以上を踏まえ、子どもとの関係における保育者の感情的実践、とりわけ保育者が子どもの自律的問題解決を促すために自らの感情を意図的に抑制する場面に焦点を当てて検討した。。具体的には、日本の保育実践の映像を用いて、保育者を対象にインタビュー調査を実施した。収集されたデータは、質的分析法を用いて分析した。結果は次の通りである。(1)自らの感情を意図的に抑制する保育者の感情的実践は、子どもに介入しないけれども関与しないわけではない「非介入的関与」である。(2)自らの感情を抑制しながらも保育者は、視線や表情を媒介として自らの感情を表出しており、それによって子どもは安心感を得ることができる。(3)子どもの自律性を促すために保育者は、問題状況を共有しながらも自らの感情をあえて抑制する。 第三に、上記の映像を用いて、米国の保育者を対象にインタビュー調査を実施した。その結果、米国の保育者の場合、映像と類似の状況においては、子どもの行為に対する評価や動機付けを行うために、正負の感情を意図的に表出することが明らかとなった。このことより日本の保育者は、子どもが「先生に言われてできる」ではなく「言われなくてもできる」ような自律性を促すために、むしろ介入を控え、自らの感情を意図的・戦略的に抑制する傾向にあると言える。また、こうした子どもとの相互作用における保育者の感情操作(表出や抑制)は、社会・文化的に構築されることが明らかとなった。
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