研究課題/領域番号 |
23531135
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
古賀 正義 中央大学, 文学部, 教授 (90178244)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 社会的スキル / 臨床教育 / 教育困難校 / 若者支援組織 / ワークショップ / 市民性教育 / インクルージョン / 心理主義 |
研究概要 |
H23年度は、困難を有する若者自身の「社会的スキル」認識と教育諸施設におけるスキル学習実践の特質について、聞き取りや観察による基礎的な調査を実施した。H23年の大震災の影響も考慮し(宮城調査を含む)、困難校などばかりでなく若者支援組織(NPOを含む)での実践の特徴も、指導者・参加者双方から把握するよう試みるとともに、並行して、当事者である若者自身のスキル認識の変化に関する聞き取りも実施した。 具体的には、(1)困難校在籍の若者(卒業生を含む)にとって、どのような社会的スキルが必要と認識され、いかなる支援実践が求められ、また効用をもたらすとみられているのか。(2)困難校や支援組織(アウトリーチを含む)等では、スキル形成のためにいかなる実践が試みられ、その有効性をどのように把握しているのか。また、参加した若者の評価はどうか。 簡略に結果を示せば、(1)若者調査:非行傾向を示す若者では、在学時の教師や指導者による個別なケアリングがスキル形成への動機付けとして重要となる事例がみられた反面、オタク傾向の若者では、就業時等に環境が変って初めて、対人関係に不適応を訴える事例が多く、問題を同じように抱えても、スキル形成の理解には大きな差異があるとみられた。(2)施設調査:若者支援組織等のスキル学習では、ワークショップ形式が多用され、参加者自身による活動が重視される一方で、定番のプログラム(特に心理学的手法)の機械的な適用を避け、参加者の反応からフィードバックしつつ、経験的にプログラムを改訂する事例がみとめられた。また、問題状況の体験談など若者自身の反省的な語りを活かして、プログラムへと動機付けることも多かった。 以上から、若者自身も実践者も、社会的スキル形成学習をコミュニケーション能力獲得の訓練として位置づけるというよりむしろ、場に参加するための問題回避の方法論としてみる見方が優位であると理解された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定では、H23年度の目標として以下の点があった。(1)教育諸施設(教育困難校、少年院等)で実施されている社会的スキル学習の実践的な特色を、文書資料や指導者・管理者への聞き取り、行動観察から把握すること。(2)また、SSTやエンカウンターなど心理プログラムを一般的に適用する方法論と、困難の内容や程度に応じて改編し対象者に合わせて応用する方法論とに区分し、ビデオ撮影やICレコーディングによるトランスクリプトデータに基づく実践活動の解析を行うこと。(3)さらに、困難を有する若者自身に、必要とされる社会的スキルの内容や意味を語ってもらい、その特質と重ねて、学習活動の意義や内容を理解し評価すること、であった。 調査研究の経過をみると、(1)各教育諸施設を訪問調査をした結果、当初の困難校や矯正施設に加えて、学校等にアウトリーチ支援を行うNPO団体や居場所型・自然体験型等のひきこもり支援を提供するNPO団体にもスキル形成への独自なプログラムが蓄積されていた。そのため、調査対象を変更し、こうした団体も加えることとした。(2)実践場面の撮影・録音は教育支援組織の一部で許可となったので、データの収集・文字お越し等を積極的に行ったが、許諾を得られなかった施設では粘り強く交渉し、聞き取りやアンケート記入等による補填的な情報収集を模索した。(3)困難校の若者に関しては、聞き取りによって、スキル認識が曖昧かつ広範であることがわかり、「困難」の性質による偏差を有していることもわかった。そのため、職場の研修や公的施設の指導等を経験している、あるいはしたことがなかった卒業後の若者に対して、スキル形成過程について聞き取りを行い、その内容を文字お越しして比較分析した。 以上のように、概ね当初のねらいに準じた調査研究が行われているが、フィールドエントリーに伴う進捗の遅れもあり、今後効率的にデータ収集を行うことが必要である。
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今後の研究の推進方策 |
生成したリサーチクエスチョンに基づいて以下の諸点を調査し、記録データの文字化・整理作業と分析に研究経費をより有効に活用しつつ、一次的な経過報告書等からさらに学会での発表や書籍での公表等に進んでいく予定である。 (1)記録した支援施設等でのスキル形成の実践を詳細にデータ取得・解析するとともに、教育困難校や特色ある高校等で行われている実践についてもデータを取得し、対象者の差異による実践の比較を行いたい。そのため、H23年度充分でなかった会話分析の手法による微細な応答を含むトランスクリプトの作成をより一層進めたい。 (2)施設スキル実践の参加者や困難校在籍者の若者に対する聞き取りをすでに実施しているが、このデータのトランスクリプトを作成・解析し、当事者の視点に立つスキル認識の特質を解明するとともに、実施していない施設等においても同様の聞き取り調査を試みたい。 (3)施設指導者等に対してスキル実践の内容や効用、課題について聞き取りを実施してきたが、さらにデータ取得を継続し分析を進めるとともに、困難校の教師や行政関係者などにも同様の聞き取り(一部実施済)を行い、比較対照しながら、立場性による実践認識の違いも分析したい。 (4)アメリカで見られるティーンコートなどの社会内処遇では修復的司法の観点から社会的スキルの構築を実践的に試みているが、この活動の情報をさらに収集・分析して、日本の諸施設・学校等での実践と比較を試み、海外からの移入が多いといわれるスキル実践の文化的特質を理解したい。 (5)困難校在籍者等に関してはすでに自由記述式を採用したアンケートを実施し情報収集に役立ててきたが、さらに指導者や参加者等にも実施し、文字データと数量データの併用による情報収集も試みたい。 以上のように、引き続き詳細なデータ収集を進めるとともに、一部についてはデータの記述・解析を効率的に行い、経費を有効に活用したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
H23年度は図書や作業経費、会議費等に予算を支出した。繰り越された経費が生じたのは、聞き取りの文字お越しや観察データの記録化、あるいはアンケートのデータ整理等の作業が遅れたためであり、H24年度初めにはこうした作業が進捗する予定であり、作業経費の謝金や成果物の対価等として有効に利用される見通しである。 H24年度は、フィールドでの調査作業と並行して、データを構築する作業および分析する作業が求められる。そのため、以下のような支出を計画している。(1)フィールド調査を進めるための旅費や日当を用意したい。ティーンコート調査などを行う場合には、海外調査のための諸経費を支出する必要がある。(2)観察による録音・録画データの文字化作業はアルバイトによる手作業であり、トランスクリプトのトレーニングを受けてもらい、同時にそれに見合う作業経費を支払う必要がある。今回の調査で多用してきたインタビューについても、同様に詳細な文字お越し作業が必要になり、経費を支出したい。(3)こうして構築したデータを一覧化し整理する、データベース化の作業も進めたい。これは手作業であり、多めに経費を配分する予定である。(4)出来上がったデータセットを分析するために、パソコン用のソフトやハードディスク等の周辺機器も購入していく必要がある。特に、映像媒体は大容量になるので、それに見合う機器を購入する予定である。 (5)分析にあたって理論的な枠組みが必要になるため、専門図書を購入し、調査チームでの相互の購読とデータ分析への活用を試みる予定である。 (6)調査チームは専門研究者が代表者のみであるので、専門家を招いて、分析のための知識を提供してもらう工夫をしてきた。そのための会議室料や食事代、謝金などが今年度も必要になると予想される。 以上のように、旅費、作業経費、設備購入費、図書購入費、専門的な知識の提供費用等に効果的に支出するつもりである。
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